俺が小学校3年生の頃、市営住宅に住んでいた。
仲の良い友達の家はその5階にあり、初めて遊びに行ったとき、俺は震え上がった。
天井一面にびっしりと広がる――無数の手形。
壁から這い上がったように大小の掌が並び、黒々と天井を覆い尽くしていた。
「これ、なんだよ?」と俺が尋ねると、友達はただ一言。
「……自然現象だよ」
だが、その乾いた声は、逆に恐怖を煽った。
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しばらくして遊びに行くと、その天井はドラゴンボールのポスターで隠されていた。
だが、さらに後日訪れたとき――そのポスターの表面にまで手形が浮かび上がっていた。
まるで内側から滲み出すように。
部屋全体からは異臭が漂っていた。
今思えばカビの匂いだったのかもしれないが、当時は壁も布団も家具も水さえも腐っているように感じられた。
「ここに泊まったら帰れない」と、本能で思った。
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市営住宅そのものも異様だった。
1〜4階までは階段が10段ずつなのに、4階から5階だけは15段。
しかも、その踊り場のライトはいつも切れたまま。
背後から足音がついてきても、振り返ると誰もいない。
闇に浮かぶのは、壁に染み付いた湿った手形だけだった。
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数年後 ― 引っ越しの手伝い
友達が引っ越すことになり、手伝いを頼まれた。
その部屋は6畳と4畳半。家具で壁を覆うように暮らしていた。
荷物をどかすうちに、俺は壁に“顔”を見つけた。
カビが人の輪郭を形作り、目や鼻や口は刃物で削られていた。
笑っているとも苦しんでいるともつかない歪んだ表情だった。
おばちゃんに聞くと、こう言った。
「最初からあったのよ。お寺の人を呼んでお祓いしてもらったけど消えなくてね。だからテレビで隠してたの」






















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