来たよ

ビデオが始まってすぐ、Aの、おーい！いるなら出てこいよー！が聞こえて、また笑いました。
ほんとに出てくるのかよ！って。まだここまでは気楽でしたね。
問題は、玄関の音が聞こえてきてからです。

ガチャ……ｷｨｰ……という音はAの安物のビデオカメラにもしっかりと入っていました。

そして、動画の中で驚いて固まったAはビデオカメラを下に向けます。画面には床しか写っていません。

ここから先、Aが囁くまで、無音で床だけが写っているはず。そう思い、早送りボタンを押そうとしましたが、ここで”有り得ない”音が聞こえました。

『呼ばれたから、来たよ』

低い、低い、男の声でした。しかも、ビデオカメラのすぐ近くで発せられたような声でした。

「えっ。A。そんなこと言ってたの？聞こえなかったわ。」
まだAの声だと思っていました。

「……俺はこんなこと言ってない……」

2人して、血の気が引くのを感じました。ですが、再生を止めることなどできません。不思議なことに、2人とも、映像を黙って見続けてしまったんです

しばらく映像の中は沈黙が続く床の映像でしたが、ここで次の声が聞こえました

『なんとか言えよ。せっかく来たのに。』

やはり、ビデオカメラのすぐ近くで発せられたような声です

もう震えが止まりません。しかし、映像はまだまだあります。

『……せーので逃げるぞ。窓から。』
映像の中のAの声です。
これ以上、何も聞こえるな。他の声は一切。そう祈りました。しかし、その祈りは届かなかったようです

『待て』

さっきまでは多少は感じられた、生気が何も感じられない。ひたすらに冷たい声でした。

そこから、家まで走って行く、画面内の俺とA。
走っている最中、ビデオカメラは激しく揺れ、何を映しているのかほとんど分からない状態でした。
2人の足音が激しくなり続けています。
そして、家に着き、カメラの画角が安定します。
『はぁ…はぁ…良かった……無事に家に着いた……』
安堵するAの声です。
『はぁ…はぁ…しんど……逃げきれた……ほんと良かった。逃げきれた……』
疲れて何度も同じことを言う、俺の声です。
そして、ビデオカメラを切る直前、Aの声でも、俺の声でもない、