次の言葉を発するために「すぅー」と息を吸う音が聞こえる。
突然の静寂。エアータオルを使い終えた瞬間だった。
そして、衣擦れの音に混じって、低く、憎悪に満ちた舌打ちが響いた。
「チッ……」
おかしい。トイレには自分しかいなかったはずなのに。
動画を見終え、イヤホンを外した。
───3番線、〇光子方面行、電車が参ります。
電車のアナウンスとともに、地下鉄特有の少し酸っぱくて淀んだ空気が頬をなでる。
ホームの奥、穴倉の奥からうめき声のような低いうなり声が響く。
雑踏が、喧噪が、「ゴー……」という地鳴りと、金属のこすれ合う音の暴力にかき消されていく。
轟音の主───地下鉄がホームに滑り込んできた。
そのとき、
「——ぜろ」
心の底から愉快そうな女の声だけが、まるで耳元で囁くかのように響いた。
やけにはっきりと。
了
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