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妖怪・風習・伝奇

葉月さんによる妖怪・風習・伝奇にまつわる怖い話の投稿です

黒水のくる頃
短編 2025/06/12 11:20 2,370view
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もう二十年くらいの話。

俺の祖父は、神奈川県の山奥――今じゃ地図にも載らない温川(ぬくがわ)村の出身だった。
年寄りらしい迷信深さの中に、一つだけ妙に現実味のある話があった。

「淀山(よどやま)の兄弟がな、あれがいかんかった」

そう祖父は言って、煙草をくゆらせて話し始めた。

大正十一年、淀山家では兄と弟の間で、田んぼの相続を巡って激しい争いがあったという。

長男は当然のように家と田畑を継ぐつもりだったが、弟は「親父は俺にも分けると言ってた」と主張して引かなかった。

そしてある日の夕暮れ。

村のはずれにある田んぼで、兄が弟を殺した。

喉を、稲刈り用の鎌で掻き切ったらしい。

弟は何度も痙攣して、最後には喉から泡を吹いたまま動かなくなったという。

けれど村では、誰一人としてこの事件を公にしなかった。
外聞が悪い。村は“体裁”を何より重んじる風土だった。
遺体は山奥に埋められ、田んぼは使われ続けた。

……しばらくの間は。

翌年の春、田んぼの隅から、妙な水が湧き出した。

真っ黒で、ぬるぬるしてて、鉄のような匂いがする。
黒水は、どんなに埋め戻しても、どんなに水を引いても止まらない。
しまいには、苗も腐り、虫も寄りつかなくなった。

村人たちは「黒水がくる」と言って恐れ始めた。

「弟の血じゃ」と噂する者もいた。
だが誰も声には出さなかった。
田んぼを放棄し、その一帯には誰も近寄らなくなった。

三年後、淀山の兄も死んだ。
高熱を出し、大きな声で弟の名を叫び続け、破れるように喉が裂けて、血を吐きながら息を引き取ったという。

祖父はぽつりとつぶやいた。

「あれはおととみず……弟水だ。血を、土が呑んで祟ったんだ」

その田んぼ――今じゃ、もう無い。

いや、正確には“ある”が、見えなくなっただけだ。
ここ数年、県が古い道を閉鎖して。新しく県道を通した。そのルートの途中に、あの田んぼの跡地が含まれてる。

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コメント(2)
  • 最後の祖父の言ってること名言z

    2025/06/13/10:24
  • 祟りや因縁に「土」という表現があるのは斬新ですね。お見事です

    2025/07/10/00:39

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