もう一人のAさん

コンビニエンスストアで、アルバイトをしていた時の話です。

出勤して、前の時間帯の方の作業の進捗チェックが終わり、私はレジに、同じ時間に入っているAさんは品出しの業務に行きました。

このAさんと言う人なのですが、なかなかとんでもない方で、見た目はイケメンですがアルバイトに来た女子高生や女子大生はすべて彼と付き合っていました。

それだけならよいのですが、業務時間中に倉庫にアルバイトの女子高生を連れ込んだり、業務中にお腹が減ったためタイムカードも押さずに近くの弁当屋で弁当を購入し、食べたりしていました。

その上、店で一番立場が強いお局を抑えており、そのようなことを報告した人は遅かれ早かれクビになっている人がほとんどでした。

一見性格が悪いように見えて、圧倒的なコミュニケーション能力とバイタリティーを備えている、こんな田舎のコンビニに埋もれてはいけないような３０代のフリーターの方です。

私はレジをしながら、あ～あ、品出し業務遅いなあ、裏の荷物、今日は少ないはずなのになあ、今日もまた店のWi-Fi使って配信見てるのかな・・・なんて思いながらレジを打っていました。

この店のピークの時間帯であり、お客様が殺到します。当然、呼んだとしてもAさんは来ないので、いつも通りながらワンオペみたいな気分でした。

その時でした。Aさんが、「従業員専用」と書かれた扉から出てきました。それだけではなく、まるでゾンビみたいに、両腕ぶら下げてよたよたと歩いているのです。いつも、お局様に媚びを売ったり、同じバイトや若い女性のお客さんを口説いたりしている快活さはどこへやら、なかなか不気味な様子でした。

さすがにAさんとはいえ心配になり、声をかけようと思いましたがお客様がちょうどそのタイミングで２～３人並んでしまいました。

接客しながら、ちらちらとAさんのことを見ていたのですが、Aさんは、裏から出てきて店の入り口に向かって歩いています。

弁当屋に行くときも、外でさぼるときも、「ちょっと弁当買ってくる」「ちょっと外行ってくるね」と元気そうにこちらに声をかけるのですが、今回は全く声も出さずによたよた歩きです。

余計に心配になりましたが、そのまま外に出ていきました。いったい何があったのかと思いましたが、その後もお客様が途切れず、Aさんのことを探しに行けませんでした。

１時間程経ったでしょうか。まだ帰ってこないAさんを心配していると、「従業員専用」の扉があきました。おかしい、この時間帯は、私とAさんしかいないはずなのに…

出てきたのは、Aさんでした。「品出し業務、終わったよ」と言いながら、元気に出てきました。その姿を見て、私は戦慄しました。そして、つい、とっさに…

「Aさん、さっき裏から出てきませんでした？そのまま、店の外に出ていったはずでは？」

「え、いや、俺マジで裏から出てきてないよ。店の外なんていかないよ。外出るときは必ず声かけるし。まあ、それはともかく、俺レジやるから、次の仕事やって」

その言葉を聞いた瞬間、私の背筋にとんでもない悪寒が走りました。風邪をひいたとき以上の、本能的に「ヤバイ」と思った身震いとでも言いましょうか、えもいえない恐怖が襲い掛かりました。仕事が終りに近づくにつれどんどん具合が悪くなり、自転車を引いて何とか帰ってきました。

翌朝のことです。４０度近い高熱が出ました。咳も出ず、ただただ熱と気持ち悪さが続き、ご飯が全くのどを通りません。エアコンをつけても全く体から熱がなくならず、味わったことのない、生暖かい水や風にぬらりと漬かっているような気持ち悪さに圧倒されていました。

母親は、解熱剤を置いて買い物に出かけてしまいました。午後５時から今日もバイトなのに、熱は全く収まる気配がなく、立ち上がって水を取りに行くことすら困難です。

午後になり、母親が返ってきたタイミングで、ついに私は昨日のいきさつを説明しました。母親は半紙をハサミで切り、筆ペンで何かを書き、お札を作って部屋中をうろついて場所を決め、貼ったのでした。

すると１時間もしないうちに熱が引いて、体がいつもより元気になったようでした。そうして、何とかアルバイトに行けるようになりました。

もう一人のAさんが一体何なのか、それは未だにわかりません。一つ言えることは、コンビニエンスストアには客以外にもいろいろな幽霊がいます。例えば、カウンターの前に来て、「メンチカツ下さい」と言っていた方もいましたし、商品を品定めしている様子の幽霊や、お菓子の棚の上に鎮座して、店員や客のそばでお菓子を故意に落としてケタケタ笑っている子供の幽霊等色々います。もう一人のAさんも、そのような一員だったのかもしれません。実話故、オチがなくて申し訳ありません…

実は、今回家で貼ったお札関係でまだ話があります。いずれ投稿したいと思っております。