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ヒトコワ

玉欄さんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

山の中の呼び声
短編 2025/04/23 21:53 1,161view
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 おそらく半世紀ほど前、父方の祖母が体験した話。

 祖母は山菜採りやキノコ採りが好きで、暇を見ては山を闊歩していた。
 よく行っていた山は、祖父の一族が所有していた。
 祖父の実家は、太平洋戦争で事業の統制を受けて廃業するまで、裕福な商家だったため、市内の土地や山林を集積していたそうだ。
 祖母の行く山も、祖父の異父弟の家が相続・所有していたが、戦後は安価な輸入材に席巻されて木材も山林の価値も下落したため、昭和50年代にはすでに、「相続せざるを得なかったから、登記上、持っているだけ」という状態だったらしい。
 そんなわけで、祖母が「山へ入らせてほしい」と頼んだら、「伯母さんが入るなら、好きにしてくれていい」と、あっさり承諾してもらえた。

 そんなわけで、祖母はそれから30年近く山に通い、里山に近いあたりは我が庭のように歩き回ったのだが、時どき怖い思いもしたという。

 あるとき、よく知った道を歩いていると、急に「あの沢向こうの開けたところに行かなければ」という気持ちになり、どうしても心を押さえられなくて向かったならば、その場所には真新しい白菊の花束と「南無阿弥陀仏」と墨書された半紙が供えられていたという。
 動転した祖母は「すみません、何もお供えを持っておりません、堪忍してください」と拝み倒して、逃げ帰った。

 祖母曰く「あんなにゾーッとした思いは初めてだった、とにかく気味が悪かった」とのことで、何事にも気が強かった祖母が、本当に嫌そうに顔をしかめて語っていたのが印象的だった。

 またあるとき、祖母は友人と実家の妹とを連れて、3人でキノコ採りに行った。
 落ち合う場所を決めて、時おり声を掛け合いつつ自由にキノコを採っていたが、ふと、笹やぶの向こうから誰かが呼んでいるような声が聞こえた。
 「おーい!おーい!」と、必死に助けを求めるような男性の声で、それを聞いた祖母は、すわ誰か怪我をしたか遭難かと、急いで声のほうへ向かった。
 笹やぶをかき分け、声の主に対面した祖母は急停止した。
 人間の男と聞こえた声は、大きなクマが、ケガをしたか窪地に足を取られて動けないかして、咆え暴れている声だったのだ。
 祖母は急いで2人のもとへ戻り、クマがいることを知らせ、大慌てで山を下りた。
「クマの咆え声は、本当に人間そっくりだった。あんたも気を付けよ、「助けてくれ」とか他の言葉を言わず、「おーい!」とだけ怒鳴ってくるのは、クマかもしれんからね」
 毎年のようにクマ警報が出るようなド田舎の住民なので、この祖母の教えは今でもはっきり覚えている。

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