真夏の十字路
投稿者:aoi (1)
これは私が2年前、実際に体験したお話。
2年前の8月。夏休みも終わりが見えてきた日。
当時の私は高校三年生で、国立大学を志望しており、早朝に徒歩15分ほどある塾に通い21時まで勉強漬けの日々を過ごしていた。
地元は田舎だったので、帰る頃には歩いている人もおらず車もほとんど走っていなかった。だから帰るときに国道沿いから離れ、農道を歩くと鈴虫やカエルの合唱がよく聞こえ、それが受験の重圧や勉強の疲れを忘れさせてくれていた。
そんないつも通り塾を終え、夜食を買って帰路についた何気ない日のこと。その日はいつも聞こえていた鈴虫やカエルの声も聞こえず、風もない静かな夜で、星がいつもよりきれいに見えていたと記憶している。
帰り道に使っていた農道は、道の両側に田んぼが広がっており、しばらく進むと、左はあぜ道、まっすぐ進めば小学校の裏門、右に曲がれば少し歩いて私の家という十字路がある。
日が出ているうちは、近隣住民や小学生が使う道だが、夜では人とすれ違うことも稀であった。
私は今日勉強したことを頭の中で反芻しながら、家で待つ夜飯を楽しみに順調に帰路を辿っていた。
しかし、目の前に十字路がぼんやりと見えてきたその時、暗い闇の先から人が歩いてくることに気づき薄らと疑問を抱いた。
施錠されているはずの裏門の方向からなぜこんな時間に?
ろくに灯りも無い為、かろうじて輪郭だけが判別できるその人物に気味の悪さを感じながらも、疲れていたため、すれ違う前にさっさと右に曲がってしまおうと思い足を速める。
早歩きで十字路を目指す。だがこのままではちょうど十字路の辺りですれ違うだろう。
目の前の人物との距離は10mもない、ともすればようやくその人の姿が、いや”動き”が鮮明に見えてくる。
右、左、右、左…その「男」は軽やかな、しかし夜道には全くそぐわないスキップでこちらに向かって来ていた。
あ、これヤバい。頭が第六感が警鐘を鳴らす。
走るしかない。失礼かもしれないなんて気持ちが一瞬顔を出すが、すぐに恐怖がそれを塗り潰し、体を本能のままに動かし最短距離で右に曲がろうとする。
その時、「キャッハッハハハアアア!!」と猿のような甲高い奇声を上げ、男がこちらめがけて駆けだし、喜びに歪んだような顔でこちらに手を伸ばす。
夜の、人気の無い田舎道で、推定成人男性が、奇声を発し、走って掴もうとしてくる。認識した瞬間、今まで感じた恐怖とは全く別の本能的恐怖が身を包む。
「何!?何!?何!?!?」と困惑と恐怖がぐちゃぐちゃになった悲鳴を上げながら、男の手を肩に触れる寸前で躱し、必死に自分の家を目指し駆ける。
教科書の詰まった鞄の重ささえ感じずに、ただ走る。止まれば終わる。捕まれば終わる。あいつの足が自分より速ければ終わる。そんな考えを振り切るようにただ全速力で道を走った。
なんとか家の前まで辿り着き、頼むからついてこないでいてくれと祈るような気持ちで振り返ると、そこには誰もおらず、ただ暗い夜を照らす数少ない街灯といつの間にか鳴いていたカエルのまばらな声が響いていた。
既に帰宅していた親に事の顛末を伝えると、最近、明け方になると住民と揉める男がいるということを教えられ、その人はおそらく何らかの障害を持っているのかもしれないとのことだった。その日は食事もまともに喉を通らず、風呂に入るにしても寝るにしても常に怯えていたと思う。
その翌朝、警察に行き事情を説明すると、しばらく付近の見回りを強化すると言われた。おそらく近くの学校には不審者情報が伝えられたと思う。結局、私が地元を出るまでその男の話さえも聞くことはなかった。
私は現在大学生となり、一人暮らしをしている。
それなりに大学生活にも慣れてきたが、この出来事があってから、私はいつも夜の帰り道を歩くたび後ろを振り返ってしまう。
右、左、右、左…一寸先も見えない闇から、近づいてきてるんじゃないかって。
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