愛犬のマルと山奥の廃墟
投稿者:並の大盛り (3)
さすがに俺も「え?」と怪訝な顔で見ていたんだが、急に他の貯水池の水面からも『ブクブクブク』と泡が出始めると、マルが『ウウウ…』と唸る。
俺も直感的に「こりゃヤバい」と思って、マルを抱えたまま踵を返してフェンスの方へ走り出した。
走った直後、『ドボーン』という音と同時に視界が地中に下がり、泥の液体に沈み、冷たい感触が体中を包んだ。
俺は泥溜まりに落下したようだ。
マルを抱えたまま。
幸いその液体は泥のほうが勝っていたのか、液体というよりも沼のように粘りがあって落下の衝撃も少なく、舌を噛むといった怪我もない。
ただ深さはちょうど俺の身長よりやや浅いくらいだったので、直立すれば顔は出るものの、落ちた際に頭まで浸かって全身泥まみれになった。
当然、マルにとっては足のつかない海と同じようなものなのですぐに地上へ押し上げる。
マルは軽くパニックになってる様子だったが、すぐに体を震わせて泥を飛ばす。
その泥の大半は俺の顔面に飛んできたが、今は這い上がる事が最優先なので怒る事はしなかった。
せめてもうちょい離れるか、俺の目の前でするのは止めて欲しいとは思ったが、今はそれどころじゃない。
俺が落ちた場所は敷地内の庭の一角の落とし穴もどき。
別に貯水池でもないただの窪み?のようだが、一メートル以上窪んでいるせいで雨水や泥が溜まり、その上に枯葉や何やらが覆い被さって完全に隠れた落とし穴状態となっていたようだ。
両腕を水面から出して地面を蹴り上げ、勢いをつけて地上に上がるが、泥が重くてさすがに一回で脱出は出来なかった。
何回か繰り返して上半身だけ地上にへばりつく事ができたから、後はズリズリと這い上がるだけだった。
服の中まで入り込んだ泥水の気持ち悪さが凄まじかったが、我慢して土の上を這うように少しずつ体を引き上げていると、何故かマルが俺の方をじーっと見てて俺も「ん?どうした?」と首を傾げた。
さっきまで五月蠅かったのに妙に静かだなーと思ってると、マルはだんだん眉間に皺を作って『ウウウ…』と牙を剥き出しにする。
一瞬、俺を襲うのかと思ったが、すぐにマルの目線は俺では無く、俺の下半身が浸かっている落とし穴の水中に向かっている事に気付いた。
それに気づくと嫌でもさっきの貯水池の事が思い浮かぶ。
ああ。マルよ。この中にも何かあると言うのか。
そんな事を考えていると、ぬるりと足首に何かが纏わりつく感触を覚えた。
俺の全身がビクっと跳ねた。
こんな泥水の中で俺の足首を掴む生き物は何だ?
落とし穴の広さは直系一メートルも無い。
落ちた時に随分と暴れたが、予め人が水中に潜んでおく事は不可能だろう。
じゃあ、俺の足首を人間のように掴むモノの正体は何なんだ…。
『ワン!ワン!ワン!』
冷たい空気に浸かった俺は恐怖に溺れていたのか、マルの鳴き声で我に返る。
気が付くとマルが跳躍してて、泥水に飛び込んでた。
跳ねた泥が俺の顔に飛び散るが、目の前のマルが泥水に沈んでいく。
変わりに俺の足首を掴んでいたモノが取れて、俺は落とし穴から這い出る事が出来た。
愛犬のマルに感謝ですね。