愛犬のマルと山奥の廃墟
投稿者:並の大盛り (3)
「マル!マル!」
俺はすかさずリードを掴んで引っ張り上げた。
半ば首吊り状態となったマルが苦しそうに水面から出て来た所で、俺はマルの足を掴んで引っ張り上げる。
マルは泥水を吐き出しながら体中の泥を振るった。
「大丈夫かマル」
俺はマルが溺れていないかと心臓がバクバクしてた。
当のマルは『クウーン』と随分としおらしく俺の周りを行ったり来たりして、鼻先で地面を嗅ぎ分けていたが、どうやら大丈夫らしい。
まあ、家に帰ったら念の為に病院に連れていこうと思ったが、マルのおかげで助かったので「ありがとうな、マル。ごめんな」と感謝と謝罪の言葉を込めて労い、顔を揉んでやった。
泥まみれのマルはどことなく嬉しそうに『ハッハッハッ』と鼻をヒクつかせていたが、それよりも俺の足首を掴んでいたものは何だったのかと思い、俺は落とし穴の水溜まりを睨んだ。
まさか蛇だったのか?
そう考えて早々に立ち去ろうと立ち上がるが、不意に屋上の貯水タンクに視界に入った。
そして俺は目を疑った。
ここからでは遠くて断言出来ないが、開きっぱなしの貯水タンクの蓋の中から首が飛び出していた。
完全に人の首だったと思う。
さっきまでは無かった首が俺達の方をじっと見てる。
離れているといっても建物の壁に近い距離から直に見上げているから人の首ははっきり見えた。
表情までは逆光の関係で細部まで確認できなかったが、微風ながら長めの頭髪が靡いているのは分かった。
それに気づいた瞬間、鳥肌が立った。
ただ泥水に浸かっただけじゃなくて、理由も無く急に震えが止まらなかった。
俺はすぐにマルを抱き抱えて今度こそ敷地内から逃げ帰った。
最初に入ってきた半開きのフェンスにぶつかるようにして、飛び出した。
けして後ろを振り返らなかったが、物凄い寒気を背中に感じた。
小道を走っていると『……だな……うん……はは』なんて、妙な話声が聞こえ始めた時は、実は作業員が点検でもしてるんじゃないかと思ったが、それでも嫌な予感の方が強くて止まらずに駆け抜けた。
山道に出た時は「俺生きてるよな」と不安に思ったが、目の前を車が通り過ぎたのを見て、現実に戻ってきたような気がした。
しばらく小道の入口を出た道路脇で呆然と突っ立ってたんだけど、マルが『ハッハッハッ』と鼻息を荒くして俺の足元をグルグルしながら愛らしく見上げてくるのを見て、ようやく脳内処理が追いついたのか、体が動くようになった。
マルは『大丈夫か?』みたいな表情で俺を見上げてて、俺は「帰って風呂に入ろうか」とマルの頭を撫でた。
その後は予定よりも早く散歩から帰宅して、親に「ありゃまあ、どしたん!アンタ!」と驚かれるとこっぴどく怒られた。
先ずは庭でマルと一緒になって水で泥を落とし、マルと一緒に風呂に入って綺麗に洗ってやった。
マルは泥水を飲んでる可能性もあるので親と相談して病院が閉まる前に動物病院に連れてったんだけど、特に問題なかった。
というか、ほとんど飲んでなかったようで安心した。
が、病院の先生には泥水を飲まないようにしっかり躾してあげてくださいと釘を刺された。
ごめんよ、マル。
愛犬のマルに感謝ですね。