形代
投稿者:Z (1)
自分の血や髪の毛をつかって、呪いの真似事みたいなのをしていたらしい。「血はどうしたんだ?」って訊いたら、返事をする代わりに右手の袖をまくって見せた。ああ、もう、思い出したくもない。ミミズ腫れみたいな横線が、まるでバーコードみたいに何本も何本も手首を横切ってた。リスカだよ、リスカ…。ああ…。俺とメグちゃんが「赤い糸」でつながるようにオマジナイをしていたんだと。
限界だった。俺にはもう無理だった。
俺は、メグちゃんに「別れよう」って言った。泣いたり喚いたりするかと覚悟してたんだけど、意外にメグちゃんは淡々と「わかった」って言った。「また捨てるんだ」とか言ってたけど、「また」っていうのはそのときにはよくわからなかった。でも、それっきり、メグちゃんと顔を合わせることはなくなった。
それからだよ。体の調子がおかしくなったのは。
最初は夢だった。毎晩のように同じ夢を見る。え?メグちゃんが出てきたのか?ちがうんだ。それが、黒髪なのは同じなんだけど、もっと別な女だ。黒髪で、メグちゃんとはちがってちょっとぽっちゃりした肉付きのいい感じでさ、絶対に知っている女なんだけど、しばらく思い出せなかった。いままでのお店のお客さんでもない、近所のひとでもない、嫁のママ友連中にもいない顔だ…。
で、思い出した。
ずいぶんむかし遊んでた女だ。ヨウコっていう。俺がまだハタチくらいだったんじゃないか。1コ上の子で。あのころ、俺にはちゃんと付き合ってる子がいたんだけど。遠距離であんまりうまく行ってなかったんだ。そんなときに、告白されて、断れずにそのままずるずる…。おいおい、そんな顔しないでくれ。悪気があったわけじゃない。断りきれないっていうか、優柔不断だったんだよ、俺は。マア、若かったんだろうなあ。
ホテルみたいなところで、そいつが裸で俺の上に覆いかぶさって腰を振ってる。アタマでは嫌だ、嫌だ、とは思うんだけど、夢の中なのに凄く気持ちいい。で、やってると、そいつが急に俺の方に手を近づけてくる。いや、正確には手首だ。手首にはカッターかなにかで切ったような傷が何本も入っていてそこからたくさん血が出ている。「舐めて」とか「気持ちよくして」とか言ってくる。それで、俺は必死になってぺちゃぺちゃとそのリスカの傷口を舐めまくるんだ。何本もの傷口の上を舌が這うざらざらとしたような感触とか、口に入ってくる血の味とかがいまでも思い出せるくらい、リアルな、気色悪い夢だった。そのうちに、「舐めて」っていう声がメグちゃんの声のような気がして、「うわ!」って目が覚める。そんなことが何日もつづいた。
俺は、だんだん寝不足になって、明らかに体調を崩していった。
そこからはイシイちゃんも知っているとおりだよ。体調は悪くても家族にメシは食わせなきゃならないから、俺は無理矢理働いてた。俺が倒れた日なあ、あのときはただ苦しかっただけじゃないんだ。
俺はカウンターの中で洗ったグラスを拭いていた。ああいうときって、おれはぼおっと前を見てるんだけどさあ、だいたいバーカウンターの上に乗ったお客さんたちの手のあたりをぼんやり見てるんだ。あのときは4人くらい座っていたっけ。
イシイちゃんのスーツの袖口やロックグラスが見えたりしてるわけだけど、男ばかりのお客さんに混じって、いちばん端の席に女の手首が見える。ああ、駄目だって思った。思った瞬間にメグちゃんの香水の匂いがしてくる。まさか、と思って顔を上げたら、急に胸が苦しくなって、気がついたら病院のベッドの上だった。
……。
長話になったね。
きょうイシイちゃんに来てもらったのは、メグちゃんの手紙をチョット見てもらいたかったからなんだ。ホラ、これだよ、これ。え、何て顔をしてるんだ?そうか、やっぱり俺の頭や目がおかしくなったわけじゃあないんだな…。
私の目の前に出された紙切れは、「手紙」などにはまったく見えませんでした。
それは、人の型に切った和紙のようなものでした。
人型の紙にはどれも、茶色い、掠れたような文字で、人の名前がフルネームで書いてあります。女性の名前のようでした。恐らくは、マスターのお話に出てきたヨウコさん、というひとなのでしょう。
信じられないような話ですが、マスターが保管していたメグちゃんからの手紙はすべてこの人型の紙になっていたのだそうです。私も詳しくはないのでわかりませんが、初詣のときに神社で見かける厄払いの紙の人形(形代?)に似ている気がします。ヨウコさん本人の代わりに、マスターのところに呪いの形代がやって来た、とでもいうのでしょうか。
それにしても、マスターはこんな気色の悪い紙をどうしていちいち保管していたのでしょう。本人は「警察に突き出す証拠にしようと思った」とか言っていましたが、どうも要領を得ません。
マスターは、メグちゃんはヨウコさんの娘にちがいない、と思っているようです。20年越しで、自分にあのときの恨みを晴らしに来たのだ。そのために、年若い自分の娘を利用して呪いを行っているのだ、と考えているらしいのです。
既に、知り合いの風水だか拝み屋だかに詳しい人物のツテで専門の業者に話をつけて、大枚をはたいて呪い返しをしたから、メグちゃんともヨウコさんとも完全に縁が切れた。俺はもう大丈夫だから店を再開するのだ、とかいうお話でした。
けれども、マスターの話にはひとつ、聞いていて決定的に奇妙な点がありました。マスターはメグちゃんのことを「黒髪ロングの若くてきれいな子」と言っていました。けれども、私の記憶に残っている「メグちゃん」は確かに黒髪ロングで整った目鼻立ちではありましたが、年齢はたぶんマスターと同年代くらい、若くてもせいぜい40代半ばくらいの、ややふくよかなオバさまだったのです。スリムタイプのたばこを吸うときに覗いていた右の袖口から、幾筋も伸びるためらい傷の跡を私は確かに見ていました。
もしかして「メグちゃん」とは、名前を変え、怪しげな呪法を使ってマスターとヨリを戻そうとしていたヨウコさんそのひとではなかったか。マスターにはどうしてあの中年の女性が「若くてきれいな子」に見えていたのか…。
これ以上深入りしてそれを確かめる勇気は、しかし、私にはもうありません。
これは本格怪談
最後ゾッとした
マスタークズやん😠
ここ最近の話で1番面白かったです
マスター、昔から既に呪われてた?
やっぱ女癖悪い人は多かれ少なかれ人から恨まれてるんだろうなぁ
他の投稿者さんが霞んで見えるくらい文章力ずば抜けてますね
素晴らしい
マスターの台詞を稲川淳二で再生するとまた違った面白さがある
現代版魔女
キモコワですね。
捻りの効いたオチで面白かった
プロの匂いがする
そごく重い女だな
重い女は疲れる。不倫も疲れる。二股も疲れる。でも男のサガ、やっちゃったものは仕方ない。呪われても、これまた仕方ない。
やっぱバーテンはクズ多いってそれ一番言われてるから
女性が付き合ってはいけない3Bの職業ですね
後の2つは?
バンドマンとか?
しかし霊って本当に女多いな。
女なんて若い時から中年になるだけで別の生き物みたいなもんなのに。
何でこんなに化けまくるのか
元々目も頭もおかしいやん。まったく人見る目はないし頭が正常な人ならこんなクズにはならん。