崖の向こうから呼ぶ声
投稿者:深煎 (2)
岩手県の北部に「鵜ノ巣断崖」という観光地があります。
垂直に切り立ったリアス式海岸の崖から太平洋を望む、大変風光明媚な場所。
その崖は200メートルにもなり、そのダイナミックな景観は恐怖さえ覚えてしまうほどです。
崖の突端までは赤松林が広がり、よく整備されとても綺麗なんです。
その日は同級生数人とドライブをし、鵜ノ巣断崖までやって来ました。天候は曇天であまり明るく無かったように覚えています。
「ねえ、私たち以外に誰かいる?」
同級生の一人が、普段より薄暗い赤松林を見渡しながら呟きました。
そこは観光地とは言っても、平日から観光客がわんさか来る場所ではなく、その時そこにいたのは私たちだけでした。あえて明るく振る舞い、私たちはひとまず崖の突端に向かいました。ただ、その友達の怯え方は酷くなる一方で。
突端まで来ると木製の柵があり、そこから雄大な景色を眺めました。
下を覗きこむと目が眩むような高さ。吸い込まれそうな感覚に陥ります。
みんなでワイワイしていたのですが、その友達の様子が気になり、車に戻ろうということになりました。
駐車場までの一本道、歩けど歩けど何故か思うように前に進まないのです。
足というか、体が重い。
そんな中、怯えていた友達がきびすを返して崖の方に歩いて行くではありませんか。
「どうしたの?」
「行かなきゃいけないから」
「何で?どこに行くの?」
「崖の向こうから呼ばれてるから」
これは何かおかしい。
私たちはその友達の腕を掴み、駐車場の方に急ぎました。
その間もその友達はすごい力で崖に戻ろうとするのです。
友達1人に対して、4人の力です。必死でした。
それがある瞬間、フッと軽くなったのです。
向いから歩いてきたカップルとすれ違った瞬間でした。
その友達に何が起こったのか聞くと、
「あのカップルに着いて行った」と。
私たちは、急いでその場を離れました。
そのカップルがどうなったのかは分かりません。
今回の鵜ノ巣断崖という場所、実は自殺者も多いことで有名なんです。
突端の木の柵の向こうの土は、足を踏み入れる自殺者のせいで草が生えていないのです。しかも、崖の途中にも生えている赤松に遺体が引っ掛かってしまうこともよくあるそうです。
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