俺たちに同乗する女性
投稿者:煙巻 (8)
俺はもしかしたら憑りつかれているのかもしれない。
そう思ったのは最近だが、どうにもその発端は高校時代にまで遡る事になる。
高校二年の頃だったか、住宅街はあるが少し進めば田畑や畦道が広がるような片田舎に住んでいた俺は、中学の頃から自転車通学だった。
地元に電車はあるが、通っている学校が駅とは逆方向の麓にあったため、地元出身の殆どの学生が朝から自転車の行列を作っていて、俺もその集団に紛れる一人だ。
それで、俺の友人にAとBが居るんだが、最寄りのタバコ屋の前で合流していつも一緒に登校していた。
ある日、雨が降り出しそうな曇天で朝から日陰のように影を差していたんだが、俺は気温が涼しくて別に気にしない感じでいつものように自転車通学していると、後ろから「おーい」と俺に向けられているだろう聞き慣れた声が聞こえた。
振り返ってみると、自転車を漕ぎながらAが手を振っているのが見えた。
「わりー、日直忘れてたうえに寝坊したわ!お先!」
俺が挨拶しようと口を開きかけたのを遮るようにAは上から声を被せ、俺の真横をスーパーカーのように通り過ぎて行った。
相変わらずだらしない奴だな、なんて苦笑していると、Aの後ろ姿に違和感を覚えた。
目を擦って凝視してみれば、ボロ布に近い黄ばんだワンピースを着た、恐らく髪の長い女性らしきシルエットがAに抱き着いているのが見える。
Aに姉か妹なんていたっけか。
いや、まさか彼女が居たのを隠してたのか。
いやいやいや、休みもしょっちゅう俺やBと遊んでただろ。
そんな事を思いながら既にアスファルトと畔道が溶け込んだような脇道に差し掛かるAを眺めていると、ちょうど木々に遮られた死角から中型のトラックが姿を現し、猛スピードで飛ばすAの自転車と正面衝突しかける。
俺は咄嗟に「あっ!」と声を出し目を見開くが、Aは瞬時にハンドルを切ったのか、やや下り斜面になった路肩を滑り、そのまま脇にあった田んぼへと勢いよく突撃していった。
自転車から放り投げられたAが漫画みたいに宙を舞うと、そのまま田んぼの泥水の中にヘッドスライディングし、自転車は前輪部が突き刺さった形で埋まり降臨がカラカラと回っていた。
俺は自転車を脇に停めて田んぼへ駆け下り、Aの名前を呼ぶ。
「おい!大丈夫か!」
少し遅れて中型トラックから恰幅の良いおっちゃんが降りてきて、慌てた様子で駆け寄ってくるなり俺と同じようにAの様子を窺っていた。
Aがもぞもぞと動いたので、とりあえず生きている事が確認できて安堵したが、早く引き上げてやらなければと思い、俺はおっちゃんと強力してAを田んぼから引っ張り上げる事にした。
「いてて、一瞬花畑が見えたわ」
「田んぼだけどな」
まだ衝撃が残っているのか随分と痛そうに畦道に寝転んだAは、俺の顔を見て半笑いで冗談を言うほどには余裕が見える。
しかし、おっちゃんが自転車を抱えてやってくると、「お、お、おい、腕!腕!」とめちゃくちゃ狼狽えていたので、俺はAの腕、左腕を見てぎょっとした。
「A、腕!折れてる、折れてる」
「うおおおおおお」
おっちゃんに同調して俺もAの骨折に気づいて叫ぶと、Aも突然痛みが迸ったのか変な方向に曲がった自分の左腕を見て悲鳴を上げた。
おっちゃんは自分の服をまさぐって携帯電話を取り出すなり、すぐに救急車を呼ぶ。
俺はとりあえず学校に連絡するから病院行ってこいとAを宥めたが、Aは「いででででで」とずっと喚くばかりで恐らく聞こえていなかったのだと思う。
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