刺すような視線の先
投稿者:ぴ (414)
私は思わず「あっ」と声が漏れたのと、突き飛ばされたサラリーマンが線路に飛び込むのは同時でした。
もう付近はパニックで、人が落ちたことにより、緊迫した空気になりました。
運がよかったのは電車が偶然時間よりも少し遅れていたことと、駆け付けた駅員らしき人と勇敢なお客さんがいたことです。
サラリーマンはなんとか助け出されて、奇跡的に生還し、残酷な人身事故にまではならずに済みました。
犯人の男はいつの間にか人ごみに消えていなくなっていました。
私が信じられなかったのは、そのサラリーマンが言ったことです。
線路に落ちた理由を聞かれたときに、この被害者は「眩暈がしました」と駅員さんに話していたのです。
残業続きで疲れていて、急に眩暈がして気づいたら線路の中に落ちていたと。
「そんな馬鹿な」という言葉が思わず口から出そうになりました。
私は明らかにサラリーマンの男を線路に突き飛ばしている犯人を目撃しました。帽子を被っていつも乗り合わせるあの男でした。
なんでこの人がそいつを庇うのか理解しがたかったし、そして私以外にも目撃者はたっくさんいたはずなのです。
だけど、誰一人としてそのことを口にしないのです。私は白昼夢でも見たのかと自分が心配になりました。
周りの人に聞いてみたけど、あんなすぐ目の前で起こっていたことなのに、線路に突き飛ばした人なんて誰も見ていなかったです。
私はおかしな人を見るような目で見られて、すごく居心地が悪い思いをしました。
私はこう言われて初めて、もしかして普通は見えないものが見えていたのかと気づいてしまったのです。
それから翌日も、その翌日も、同じ電車に二人は乗り込んでこなかったです。
私はそのことに内心、安堵していました。またあの犯人に出会ってしまったら、自分はどうしたらいいのか怖くなったからです。
しかし、そんなことはなく、それ以来電車でその二人を見ることは二度となかったです。
私は、これまで変な人に付け狙われる経験が多かったせいなのか、変な人を見わけるセンサーのようなものだけは特別に発達していると思います。
しかし、この出来事があってからというもの、変な人のみならず変なものも見えるようになってしまいました。
ほかの人が見えないものって、できるだけ見ないふりをしたほうがいいと思うのです。
そしてそうなってしまった原因であるサラリーマンの男性を少しだけ恨めしく思っています。恨めしく思うとともに、少し気がかりでもあります。
あの電車の事故は運よく助かりましたが、同じラッキーが何度も続くとは限りません。
あの刺すような視線の先にいたサラリーマンが今もまだ無事に生きていることを祈っています。
全然もてないより、ましですよ。