【特別投稿】或る殺人者の手記
投稿者:奇々怪々 (1)
自分は大学生だったと書きましたが、大学に入ってもろくろく勉強なんかせず、アルバイトばかりしていました。
そして、そのアルバイトで手に入れた金も、ほとんど全部パチンコで使い果たしていました。
負けがこんだ月にはあまりにも金がなくて、ときどきアパートの電気が止まっていることもあったほどです。
駅前の歓楽街にはキャバレーや、フィリピン人のパブ、いかがわしいマッサージ屋が軒を連ねていて、いまではとてもそんな商売はできないでしょうが、当時はちょっと裏通りに入れば一発いくらなんてトンデモナイ店までありました。
自分がアルバイトをしていたのは、そういう店の隙間にある、一軒のバーでした。
バーと言っても、田舎のことですから名前ばかりで、ほとんど洋風の居酒屋みたいなものです。
漬物をかじりながら焼酎を飲んでいるような客も多かったです。
そしてその客と言ったら、仕事上がりの水商売のボーイと女の子たち、それにそういう女の子に群がる下心丸出しの小汚い背広の親父やら地元の自営業の脂ぎったオッサンばかりでした。
都会のバーみたいな小洒落た、気の利いた雰囲気などというものとはほど遠く、テキーラでべろべろに酔っぱらった客がカラオケで明け方まで騒いでいるばかり。
店長まで毎晩のように常連客といっしょになって泥酔している有様です。
心底うんざりするような生活でした。
視界に入るおとなどもときたら、揃いも揃ってクズばかり。
しょぼくれた背広どもはまだ慎ましやかで好いとしても、小金だけは持っている半分ヤクザみたいな自営業の「シャッチョサン」は本当にいけ好かなかった。
彼らはまだ学生の自分を青二才呼ばわりしていましたが、諭吉でひとの頬を叩いて思うままにできると思い込んでいるこんな連中よりは、自分は多少マシな人間だと思っていました。
「大学なんか行っても金は手に入らない」、「学歴なんて無意味」、「金が欲しければおれのもとで働いてノシ上がれ」、彼らはみんなこんなふうなことを言っていました。
店長も、そういうクズのうちの一人でした。
どうせろくに大学にも通っていなくて就職なんか無いんだから、いっそのこと大学辞めてずっとこの店で働け、なんて言われたものです。
あんな連中をやっつけてその金を若い自分が有意義に使ってやりたい、なんて思ったこともありましたね。
社会の癌である年寄りが死ねば社会は良くなる。
そのとき読んでいた小説の主人公であるラスコーリニコフに自分を重ねたりもしました。
それでも、あの夜のことは本当に唐突でした。魔が差した、とでも言うほかにはありません。
自分は、店長を殺しました。
あれは確か、ちょうどきょうみたいな土曜日の寒い夜のことです。
締め作業をしている店長の口を後ろから手でふさいで、厨房にあった包丁で首を思いきり真横に切り開いてやりました。
頸動脈と言うのでしょうか、左側の太い血管が切れたみたいで。勢いよく血が出ました。
店長のことはずっとクズだと思っていましたが、何で自分が急に店長を殺してしまったのかは正直言って自分にもよくわかりません。
お世辞にも尊敬できる人物ではありませんでしたが、べつに殺すほど憎いということもなければ、借金とかそういう弱みもべつにありませんでした。ただ、何となく、気づいたら、殺していたんです。
映画みたいに、首を切られたら血がドバっと出てすぐに死ぬだろうと漠然と思っていたんですが、人間って意外になかなか死なないものですね。
こちらを振り向いた店長は、大きく開いている喉のところを、「信じられない」とでも言いたげなぽかんとした表情で自分の方を見ながら、やたらにまばたきをして掻きむしっていました。もう助かるわけないのにね。口をぱくぱくしていました。
いま思えば、「どうして…?」と言っていたような気もします。
でも、声の代わりに、ぼこっていう妙な音がして血がいっぱいそこから出てくるんです。
ごぼごぼごぼって、まるで誰も来ない公園の隅にある錆びついた水道にしばらくぶりに水を流したみたいな嫌な音がして。
ひとが水に顔をつけられて溺れているような、ごぼごぼごぼごぼっという音が出ていました。
あれはたぶん、本当に自分の血で溺れていたんじゃないでしょうか。
店長はそのまま床に崩れ落ちて、しばらくすると、表情がなくなって、いつもよりもだらしないひどい顔になって、白目をむいていました。
手足もしばらくびくびくと動いていましたが、それもそのうち止まりました。ああ、死んだな、と思いました。
実話をもとに書かれたリアルな体験談。
中盤から終盤にかけてのモノローグ。
得体の知れない衝動に駆られ、かくたる動機もなく、人を殺めてしまったことへの後悔と罪悪感に苛まれ、恐れおののく様がぐいぐいと痛いほど伝わってきます。
精神を病み、幻想とも幻覚とも付かない店長から逃げ惑う日々に終わりを告げ、安堵する姿は、どこかホッとさせるものがありました。
17年の実刑判決を終え、穏やかで平穏な日々を送られていることを切に祈り願います。
読み応えありました
いくつかの単語でググったら割と有名な事件出てきたけど、そんな簡単に特定できるわけないですよね
当時の彼女のことは警察には言わなかったのかな
次回作も期待
福川水門かな
人殺しの分際で周りを屑呼ばわりとかもう静かに暮らしたいとか随分と図々しい人だな、ほんとに反省してる?もし本当に店長の呪いなら警察に捕まろうが刑務所に何年入ろうが追ってくるよね。結局自分の妄想に自分で決着つけちゃってそれで良しとするこの人の最後まで自己中な心持ちが透けて見えるだけだった。
作品として面白かったです。
ノンフィクションだとしたらなかなかの文章力。さすが腐っても国立合格の教養といったところでしょうか。