井戸端会議
投稿者:コオリノ (3)
「な、何?今日のお昼に、ランニング中に轢き逃げにあった人の話でしょ?」
昼?嫁は何を言ってるんだ。
その話は今朝出勤前に、あのママさん連中から聞かされた話だ。
なぜ今日の昼?
「お、おいおい勘違いしてないか?亡くなったのは沼川さんっていう六棟に住んでる人で、」
「失礼ね、事件の事聞いてさっきお隣さんと通夜だけ行ってきたわよ」
「う、嘘だろ?」
「本当よ、他に通夜に来てた人達の中にも、昼間に事故現場にい合わせた人もいたんだから」
「いや、だって……そんな……」
嫁の話を聞き余りの事に俺は思わず口を噤んでしまった。
どうなっているんだ一体。
じゃ、じゃあ今朝のママさん連中が嘘を?
何のために?
いや、そもそも嘘ではなくなっている……。
混乱する最中、昨日の事が頭を過る。
「き、昨日言ってたよな?よ、四棟東野さん、じ、自殺したって」
「ああ昨日の?うん、あれもお隣さんから教えてもらったの、お隣さん夕方にちょうど洗濯物取り込んでたみたいで、ドンって大きな音がした後しばらくしたら緊急車両がいっぱい来たって、貴方昨日は遅かったから良かったけど、もっと早く帰ってきてたら大変な物目撃してたかもよ?」
脅すように嫁が言った。が、俺はうんともすんとも言えないまま凍りついてしまっていた。
「何?あなた今日は変よ?もうすぐご飯できるから先にお風呂でも入ったら?」
訝しげに俺を見つめた後、嫁は台所へと戻って行った。
部屋に戻り上着をその辺に放り投げると、俺はネクタイを緩めながらその場に寝転んでしまった。
考えがまとまらない。
いくら考えても納得出来る答えなんか出てこなかった。
これを嫁に相談なんかすれば鬱病を疑われかねないなと、思わず冷めた笑みを浮かべてしまう。
新婚生活矢先に暗い影を落とすのは避けたい。
もどかしい思いで、俺はその日眠れない夜を過ごした。
次の日、暗い面持ちで俺は家を出た。嫁の行ってらっしゃいという言葉にも気のない返事を返し、嫌な思いをさせてしまったかもしれない。
けれどそれ以上に、俺の心は不安で押し潰されそうだった。
いつものエントランス、重い足取りで入口に向かう。
もう聞きたくない、そう思うのと同時に、こいつらの噂が何を意味しているのか確かめたい。
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