空に還る二つの命
投稿者:hitthat (1)
これは、今年75歳になる大叔母が体験した、ちょっと不思議なお話です。
70年前。大叔母・ヒロミ(仮名)が5歳の頃。
すっかり日も暮れて、家族で団らんしながら、そろそろ寝る準備でもしようかと話していたら、お手洗いに行きたくなったヒロミ。
当時の田舎の日本家屋は外にトイレがあったそうで、怖くてそこに行きたくない時は、縁側から前庭に出て、そこで用を足していたそうです。
居室の灯りに照らされて、家族の声や気配が感じられる前庭は、幼いひろみにとっては安心のトイレスポット。
両親や祖父母、兄弟たちも「チビちゃんは怖がりさんだねえ」と笑いながら許容してくれていたそうです。
ちょっとお行儀は悪いけど、背に腹は代えられない…といつものように、しゃがんで用を足します。
ふと、なぜか頭上が気になって顔をあげ、そして、そのまま真正面に目をやると、月明かりに照らされて向こうの山の稜線がはっきりと見えました。
「今夜はお月さまが明るいな」
そう思ってじっと見つめていると、どんどん山が明るくなって行きます。
「違う、お月さまじゃない」
そう思った瞬間、山の向こう側から、二つの光の玉のような物が、ぴょんと現れました。
驚いて声が出ないヒロミをよそに、その二つの光の玉は、ズンズンとこちらに向かって進んで来ます。
近づくにつれ、徐々にその姿がはっきりと目視できるようになると、大小二つの、オレンジ色に燃え盛る火の玉だとわかりました。
なかなか戻って来ないひろみを心配して、母が縁側から声をかけました。
ひろみは必死で、空を飛ぶ火の玉を指さして、母に説明しますが要領を得ずきょとんとするだけ。
兄弟たちも顔を出しましたが、ヒロミの慌てようを面白がって笑うばかり。
ヒロミ以外には、火の玉が見えていないようです。
そのまま家の屋根を通り過ぎて行った火の玉を見届けるより先に、怖くて急いで中に戻り、もう一度家族に説明します。
幼い子供が見せる、突然の狼狽ぶりに、家族もだんだんと心配になってきた、その時。
居室の横の納戸から、ガチャーン!と、大きな物が落下したようなすごい物音がしました。
その物音は家族全員が確かに聞いたので、父と兄がすぐに納戸へ確認に行きました。
すると、その時、玄関から「ごめんくださいませ」と言う女性の声がしました。
母がすぐに玄関を開けに行き、客人の顔を確認すると、隣の集落に住む奥さんでした。
当時の田舎の農村は、公共機関や限られた家にしか電話がなかったので、急ぎの報せがある場合は、たとえ夜でも、提灯を提げて直接訪問したんだそうです。
「実は、家の嫁が、先ほど亡くなりまして…明日は通夜になるのでお報せに参りました。夜分に申し訳ありません」
母の後ろに隠れて、奥さんの話を聞いていたヒロミは、あることを思い出していました。すると母が口を開きました。
「それはご愁傷さまでございまいた。御悔やみ申し上げます。ところで、申し上げにくいけど、お嫁さんはたしか…」
「はい、お腹の中の子も、一緒に逝きましてね…」
やっぱり。あそこのお嫁さん、こないだ会った時に、ヒロミちゃん、赤ちゃんが産まれたら一緒に遊んであげてねって言ってたもん…
奥さんは、先を急ぎますのでと、すぐに立ち去られました。
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