これは、Aさんという二十代の男性から聞いた話だ。Aさんは二年前、友人三名とY島という島に旅行で訪れた。日中は海で遊び、夕食後はカードゲームをしたりして過ごしていたと言う。
その日の深夜、Aさんは目が覚めて眠れなくなってしまった。だから、少し浜辺を散歩する事にしたそうだ。
十分ほど浜を歩き、そろそろ旅館に帰ろうと思った時だった。
こぽこぽっ……こぽっ……
水面に一部だけ泡(あぶく)が浮かび上がっていくのが視界に入る。Aさんは暫(しばら)くその様子を見ていた。すると、泡が出ているあたりから何か黒いものがゆっくりと広がっていくのが判(わか)った。暗い為、Aさんはじっと目を凝らす。
それは、長い髪の毛であった。ゆっくりとその髪は水面から姿を現す。そしてその髪の間から女の顔が覗いて、Aさんと目が合った。
美しい。
その女を見て思った。妖艶(ようえん)にてらてらと輝く黒い髪はまるで黒曜石のようで目が離せなくなる。
Aさんは女に近付いていった。ちゃぷ、と冷たい海水が足先を包み込む。水の中で長い髪が足に絡まってゆく。
すると、髪と髪の間からまた女の顔が現れた。全く同じ顔である。二人の女の顔は、俺が近付く度に妖(あや)しく笑う。一歩近付くと、また顔が増える。
その時、Aさんの足に先の尖った硝子(がらす)のような物が刺さった。その瞬間Aさんは我に返り、幸いにも刺さった物は足の裏ではなかった為、一目散に逃げていった。
旅館に戻り、足に刺さった物を取ろうと思いAさんは自分の足を見て、慄(おのの)いた。何故(なぜ)ならAさんの足には大量の長い髪の毛が絡まっていたのと、足に大きな鱗(うろこ)が刺さっていたからである。
Aさんは急いで足に絡まった髪と刺さった鱗を取り、水で洗ってから絆創膏を貼った。その後は寝る気になれず朝まで起きていたそうだ。
朝になってから友人達にこの事を話したが、誰にも信じて貰えなかった。というのも、足に絡まっていた髪と刺さった鱗はゴミ箱の中から忽然と消えており、足の傷もどこにも無かったからである。
























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