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ヒトコワ

匿名奇望さんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

絶対に嫌な死に方
短編 2026/06/07 20:05 66view

私の知り合いに、本物の『視える』霊能力者の女性がいます。
彼女は普段、自分の死生観や心霊に関する持論をめったに口にしない人なのですが、ある日、ぽつりとこう言い切ったんです。
「この世で一番嫌な死に方はね、電車への飛び込み自殺よ。あれだけは絶対に御免だわ」
いつも淡々としている彼女が、なぜそこまで強い拒絶を示すのか。興味を持った私が詳細を尋ねると、彼女は少し苦い表情を浮かべ、かつてある駅のホームで遭遇した「事件」について語り始めました。

いつだかの夕方、彼女が帰路につこうと駅のホームで電車を待っていた時のことです。
突如として、向かいのホームに激しいブレーキの軋む音が響き渡り、続いて金属が肉を噛む嫌な音が聞こえました。間髪入れずに沸き起こる悲鳴。
直接の瞬間こそ見てはいませんでしたが、何が起きたかはすぐに察しがつきました。
間もなく駅員たちが白い布や袋を持って慌ただしく走り回り、いわゆる「マグロ拾い」が始まったといいます。時速何十キロもの鉄の塊と衝突すれば、人体は豆腐のように容易く粉々になり、文字通り肉片となって四散してしまう。それを手作業で回収していくわけです。

彼女は、こちらの電車も当分動かないだろうなと、気が重くなりながらぼんやりとその光景を眺めていました。
案の定、人身事故のアナウンスが鳴り、そこから小一時間ほどホームで足止めを食う羽目になってしまいました。
ようやく復旧の案内がかかろうかという頃、向かいのホームの下の空洞、いわゆる退避スペースから女が1人這い出てくるのが見えたんです。
全身が不自然に痩せこけた、見るからに生気のない女。直感的に「さっき飛び込んだ人の霊だ」と分かりました。関わると面倒なことになると察した彼女は、視線を逸らそうとしました。
しかし、その瞬間。
どこからともなく、どす黒い霧のようなモヤが急速に湧き上がり、這い出てきた女の霊に一斉に群がったのです。
生まれて初めて見る異様な光景に、彼女は息を呑みました。まるで金縛りに遭ったかのように眼球すら動かせなくなり、ただその様子を釘付けになって見つめるしかありません。
黒いモヤは、意思を持っているかのように女の霊にまとわりつき、容赦なくその身体を蝕んでいきました。肉を引き裂き、魂そのものを消し去らんばかりの勢いで、女の霊をなぶり、苦しめている。女の霊は声にならない悲鳴を上げ、のたうち回っていました。

じっと見つめているうちに、彼女はその黒いモヤの「正体」を理解し、魂が凍りつくほどの恐怖を覚えたそうです。

「あれはね、生き霊のようなものよ。……いいえ、正確に言うなら、『遅延によって発生した何千人、何万人という人間の恨み、怒りの集合体』ね」
彼女は静かに語りました。
どれだけ普段は優しい聖人のような人間であっても、人身事故によって満員電車に閉じ込められ、予定を狂わされ、長時間身動きが取れなくなれば、心の中に黒い感情が芽生えます。
「ふざけるな」「迷惑だ」「なんで今日に限って」……。
死者を悼む気持ちなんて、一瞬で不快感にかき消されてしまう。そして、行き場のない負の感情がまるで呪詛のように無意識に、すべてその原因である「飛び込んだ人」へと一直線に向かっていくのだそうです。
「肉体がバラバラになる痛みを味わった直後に、今度は目に見えない無数の悪意に囲まれて、魂までズタズタに引き裂かれ続けるのよ。あんなふうになぶり殺しにされるくらいなら、私はどんなに苦しくても別の死に方を選ぶわ」

現代の張り詰めた社会だからこそ生まれる、何万もの人間の純粋な「悪意」。
人身事故のアナウンスが流れたとき、あなたが心の中で吐き出した小さな毒が、自ら命を絶った誰かを苛んでいるのかもしれません。

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