私が大学1年の冬のことだ。
帰省もせずアパートで暇を持て余していた私は、隣駅の裏路地にある解体待ちの古い雑居ビルに目をつけた。
あるコミュニティで「地下の機械室に、昭和中期のレトロな計器類が手付かずで残っている」という書き込みを見かけたからだ。咎められる行為だという自覚はあったが、退屈しのぎの好奇心が勝ってしまった。
夕暮れ時、周囲に人の姿がないことを確認して建物の裏手へ回る。
通用口の鉄扉は南京錠の金具が錆び朽ちており、少し力を込めるとひどく軋んで開いた。
地下へ続く階段を降りると、機械油と乾いた鉄の匂いが鼻をついた。
スマートフォンのライトを頼りに進むと、広い空間に巨大な配電盤や剥き出しの歯車が埃を被って鎮座している。噂通りだった。写真を数枚撮って早々に引き上げようとしたとき、真上の1階から複数の重い足音と怒声が響いた。
見回り業者か、タチの悪い連中か。どちらにせよ今は上に戻れない。
私はとっさに、さらに下へと続く螺旋階段を見つけ、地下2階のボイラー室へ降りた。
冷え切ったコンクリートの壁に背を預け、上の気配が遠ざかるのを息を殺して待っていた。
そのとき、足元のさらに奥の暗がりから、ズル、ズルという引き摺るような音が聞こえ始めた。パイプの地下水かと思ったが、違う。
音は規則的で、確実に階段を這い登ってくる。
同時に、足首から膝にかけて氷水に浸けられたような冷気が這い上がってきた。
恐る恐るライトを向けた。螺旋階段の下方に、何か黒いものがいた。
不定形で、膨れながらこちらへ向かってくる。
音がベチャ、ベチャという粘着質のものに変わり、その表面に掌のような凹凸が浮いては沈んだ。ライトを向けた瞬間、動きが速くなった。
上の足音が消えたかどうか気にする余裕もなく、階段を駆け上がり、表の通りまで走り抜けた。駅の改札に飛び込むまで、一度も振り返らなかった。
半年後の春、あのビルが解体される直前、地方ニュースの短い報道に目が止まった。
解体作業に入っていた業者の男が、持ち込んだ削岩機で地下ボイラー室の壁や床を意味もなく粉砕し続け、駆けつけた警察に逮捕されたという。
男は取り押さえられる際、自分の腕や首を血が滲むほど掻き毟りながら泣き叫んでいたそうだ。
「重い、重いんだよ! まとわりつくな、剥がしてくれ!」




























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。