自転車はどこに行った

それは今からちょうど10年前の出来事です。
当時の私は大学生で、田舎から出てきて都会の生活にも慣れ始めたころでした。
一般的な大学生と違わぬ、授業に部活・アルバイトに明け暮れる日々を過ごしていました。そのアルバイトを通じて起きた不思議な話です。

その頃、アパートに一人暮らしをしていた私は、アパートから歩いて15分ほどの駅の近くにある個人経営の居酒屋で働いていました。
アルバイトに行く際は、徒歩か自転車で通っていたのですが、その日は部活の帰りが遅くなり、急いでアルバイトに向かう必要があり、自転車で出勤しました。
近くの駐輪場に自転車を止め、いつも通りに5時間ほど働きました。

アルバイトも終わり、いざ帰ろうと駐輪場に向かうと、乗ってきたはずの自転車が見つかりません。そうです、盗難にあったのです。
アルバイト先の居酒屋周辺は、いわゆる飲み屋街で、治安もあまり良い評判は聞かない地域でしたが、そんな経験をしたことも無い私はすぐに交番に相談に行きました。
「鍵はしていたのか」、や「セカンドロック（チェーン）はしていたのか」など、都会特有なのか分からない冷たい対応をとられ、その日は盗難届けを出して家路に着きました。

大学生でお金に余裕が無かったこともあり、その後は自転車無しの生活が続いていました。
そんな生活にもいよいよ嫌気が差し、アルバイトで貯めたなけなしのお金で中古の自転車でも買おうかなと迷っていた矢先に、あの不思議な出来事が起きたのです。

その日もいつも通りアルバイトを終え、いつものアパートに帰り着いた時、見覚えのある自転車が駐輪場に止まっていました。
そうです、1ヶ月前に無くなった私の自転車がやっと返ってきたのです。
驚きと安堵が入り混じる感情のまま、自転車に近寄り自分のものか確認をした私は、確かに自分のものであることを持っていた鍵で確認しました。

その時は興奮で気付かなかったのですが、なぜこの場所に自転車があるのでしょうか。
無くしたのはここから徒歩15分かかる駅の近くの駐輪場。
盗んだ人がその駐輪場に返す、もしくはいらなくなってどこかに乗り捨てたのならわかります。
その乗り捨て先がたまたまこのアパートだったのか、私の自転車と分かっていたのか、真相は分からないままです。