部屋の中で目を覚ましたのは、目の前に誰もいない暗い空間だった。窓から差し込む月の光が、僅かに部屋を照らしているだけで、他の光源は何もなかった。何かが足元で微かに音を立てている気がしたが、目を凝らしてもその正体は見当たらない。
「閉じて…」
その声は、確かに聞こえた。耳元で、まるで誰かが息を吹きかけたように冷たい声が響いた。
思わず肩を震わせたが、何も見えない。呼吸を整え、静かに部屋を見回してみる。しかし、どこも異常はないようだった。けれど、なんだか足元が重い。無意識のうちに目を落とすと、床に細かいひび割れが走っているのが見えた。まるでそれが何かを告げているように感じた。
「閉じて…」
再び聞こえた声。今度は少し高い声で、どこか焦りを感じさせるトーンだ。心臓が一気に跳ね上がる。恐る恐る、声がした方向に目を向けると、床のひび割れから、白い手が一つ、ゆっくりと現れていた。
「閉じて…」
その手は、明らかに人間のものではない。指先が不自然に長く、節々があり得ない角度に曲がっている。恐怖で動けなくなった瞬間、手は一気に床から引き上げられ、真っ直ぐに自分に向かって伸びてきた。
逃げることすらできず、ただその手が迫ってくるのを見ているしかない。
そして、手が届いたその瞬間、背後の扉が突然、バンと閉まった音が鳴り響いた。
「閉じて…」
その声は、もう一度だけ、私の耳元で囁かれた。その後、何もかもが静まり返った。暗闇の中、冷たい手の感触だけが体に残っている。
扉が閉じられたことにより、部屋の中の温度は一気に下がり、何もかもが凍りついたかのようだった。
でも、もうひとつ、気づいたことがある。
扉が閉じたその瞬間、今まで暗かった部屋の隅に、静かに一つの目が、私を見つめていた。






















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