「おい」
投稿者:amazake (3)
「なに。」
同じマンションに住む、友人との通話中、依然として聞こえてくるのは環境音と僅かなホワイトノイズのみだ。変に思った僕はもう一度聞く。
「なんだよ。」
返事はない。なんだかよくわからないので、ぼくは止めていた手を再び動かし、ノートの上を滑らせるようにして、文字を書き写していった。横目で一瞬目をやった置時計は、間もなく深夜の2時をさそうとしている。こんな時間にまで課題に取り組んでいるのだから、ただでさえイライラしているというのに。ぼくは小刻みに貧乏ゆすりをした。
暫く静まり返った室内で、ひとり黙々と机に向かっていると、電話の向こうで声がした。
「ただいまー。」
友人の声だ。
「どこ行ってたんだよ。」
「あれ。トイレって言ったハズだけど。電波悪いのかな。」
「嘘だ。さっきおまえ、ぼくのことを呼んだだろ。」
「呼んでないよ。スマホは部屋に置いたまま行ったんだからさ。」
「じゃあ家族か。」
「みんな寝てるって。なんだよおまえ。怖いこと言うなって。」
どうも彼と話が噛み合わない。不審に思ったぼくは、冷やかし気味に君島を煽った。
「だったらもしかして、ユーレイかもな。」
「おい。」
ぼくがそう言い切るのに被るくらいのタイミングで、誰かがそう言った。
改めて聞くとこれは、君島の声じゃない。
眠かった脳みそが、一気に刺激を受けて覚醒した。
「なん・・・だか・・く・・・・・われ・・・・かわ・・・れ・・・」
電波が悪いのか?声が途切れてほとんど聞き取れない。ぼくは音を拾おうとスピーカーに耳を傾けた。
「か・・・われ・・・・わ・・・い・・・おいおいおいおいおいおい」
「うわぁっ!」
聞こえてくる声質は、友人の声に無理やり加工が施されるようにしてどんどん変化してゆく。女性の声になったかと思えば、老人のようなしわがれた声となり、そこからまた幼い子供のような声になる。
ぼくは怖くなり、通話の終了ボタンをタップした。軽快なシステム音と共に、通話はプツンと切れる。それから恐怖で身動きが取れなくなって、ぼくはただ、目に入ってくる部屋の見慣れた景色を呆然と見つめていた。
やがて徐々に正気を取り戻してくると、眠気に翻弄されて聞こえた幻聴であったような気がしてくる。ぼくはとにかく、今日は寝ようと、ベッドに身を投げた。
「おい。」
ハッとする。確かに聞こえた。幻聴なんかじゃない。僕の部屋の窓の外。ベランダに人の気配を感じる。ベッドにうつ伏せになったまま、身動ぎひとつとれずにいると、サイレンの音が近づいてくるのに気付いた。それからマンションのすぐ近くで音が止んだかと思うと、なにやら騒がしい物音が聞こえてくる。だれかが救急車に運ばれるようだ。ぼくは騒がしくなった外の空気に便乗するかのように、思い切って過剰な身振りで身を起こし、カーテンを開け、ベランダに出た。冷たい風がぼくの頬を撫でていく。1階のほうを身を乗り出して確認すると、誰かが担架で担がれているのが見えた。ぼくは目を細めて、その顔を確かめる。
幽霊以前に自分の状況大丈夫?
,A.浜口?