覗く女
投稿者:すだれ (27)
いわゆる霊感の強い友人がいる。周りには公言せず、知るのは家族とごく少数の昔馴染みだけだという彼女は、「周りに言っても良いことあんまりないから」と苦笑していた。その体質は家系譲りで、友人の母も俗に言う「見える人」だった。体質を隠すという特有の処世術も、母に教わったのだという。
「言っても不気味なだけじゃん?何も見えてない人に「今ずぶ濡れの女が顔覗き込みましたよ」とか。言われても反応困るっていうか怖いじゃん普通に。むしろ聞かされなきゃ意識が向くことも怖いって感じることもなかったのに」
「聞かされて怖がる人ばかりではないだろう?ちなみにその女が徘徊してたのはどこら辺?」
「あなたみたいに好奇心湧かれてもいい影響はないのよ」
「…それに聞かされた当人が怖がるのはずぶ濡れの女に対してであって、見えている君に対してじゃない」
「近所の川沿いの町中、恨むっていうより悲しそうに色んな人の顔を覗き込んでた」と濡れ女の情報を教えてくれる友人にそう続けても彼女は苦笑するだけだった。その顔も処世術の一つかと思うと些かの寂しさを覚えたが、それを会得せざるを得なかった彼女の経験則を鑑みるとこれ以上どんな言葉を重ねても無責任に思えた。濡れた女を指す友人に向けられたのは好奇や畏怖、まるで不気味な化け物を見るような目。自分はそれを知らないし彼女の気苦労を全て理解はできない。彼女が意図的に作った「話を一区切りさせる間」に甘えて、自販機に飲み物を買いに行く。
「互いに同じものが見えていないんだから、それに対して共有するのは難しいのよね」
戻って茶を渡す自分に友人は続ける。
「見えてる人同士でも共有できない時あるもん」
「?どういうこと?」
「片方にしか見えてなかったり、同じものを見てても片方には女に見えて片方には男に見えてたり」
「そんなケースもあるのか!」
一瞬食い気味になって慌てて引っ込む。先ほどの無責任な言を反省したばかりでこのザマだ。「聞いてもいい?無理にとは言わないけど…」と控えめに伺うと友人は「今更遠慮するんだ」と笑って思案に入った。記憶の中から話せるエピソードを見繕ってくれているのだろう。こちらを見る目は心底呆れていたが、苦笑ではなかったので少しだけ安堵した。
友人の母は一族でもいっとう霊感が強かったらしく、娘の体質関連の些細な異変も気づく人だった。例えば妹の運転する車で市街へ行った時、「近道しよう」と県内でも有名な心霊スポットである峠を通ったことが帰宅し顔を合わせた瞬間にバレた。霊障のようなものはなかったが、普段から言われていた「峠は通るな」という言いつけを破ったことを姉妹そろってこっぴどく叱られたそうだ。このように「あ、心霊スポット行ったんだな」と見てわかるケースは友人も過去経験があるらしく、肝試しをしたという職場の同僚の肩回りにしばらく視線を向けられなかったこともあったらしい。
だから良くも悪くも慣れていたのだ。そういう光景に。
「本当に何の変哲もない日だったんだけど、家で家事してるとふと視界の端に入ったんだ。お母さんの部屋に続く襖あたりに黒い影が」
長い黒髪が顔にバサリと被る女だった。髪の隙間から片目だけが見える。襖の傍に佇むようにしているが、体は透けていて鎖骨から上だけ浮いて見える。友人は驚きはしたが単純に「珍しいな」と思った。他の家族は稀に外で「憑けてくる」こともあるが、母は特にいわくつきな場所には近づかないし見える存在は徹底して無視するから、家まで「連れてくる」なんて本当に稀だ。しばらくは気にしないようにしていた友人だったが、視界の端にチラつく黒髪と視線にしびれを切らし、自身の部屋から出て居間に向かう母に言った。
「お母さん今日どこか変な所行った?」
「?何で?どこも行ってないよ」
「あの人どこから連れてきたの?」
「あの人って?」
母の部屋の前にいる女について伝える。すると母は思案するように視線を巡らせると友人に聞いた。
「部屋の前ならさっき通ったけど」
「うん。お母さんもその時見たでしょ」
「…ねぇ、その女の人、お母さんを見てた?」
二拍ほどの間をおいて「え、」という声が漏れた。固まる友人に母は追い打ちをかけるように続ける。
「その女の人お母さんを見てた?目で追ってた?違うんじゃない?」
「で…でも、お母さんの部屋の前に」
「あなたが見た時、女の人は何を見てた?」
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