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呪い・祟り

adoooさんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

黒っぽいゴヘイ
長編 2021/12/16 23:49 3,345view

 これは私が学生時代に東京都下(東京の23区内ではない場所)に住んでいたころの話です。

 突然ですが、みなさんは神主さんがお祓いをするときにわさわさやっている、白い紙のついた棒のような道具を知っていますか。あれ、オオヌサっていうらしいのですが、引っ越してきたばかりのころに、そのオオヌサを小さくしたようなものがあちらこちらで目に付いたのです。割り箸くらいの短い棒に紙のふさふさが2束付いて、地面に挿してあったり、塀に立てかけてあったり。最近調べたところによれば、それはゴヘイといって、それ自体は別に珍しいものでも何でもなく、災いが土地に入って来ないように、とか、事故が起こらないように、とか、土地や神社によっていろいろな意味合いがあるオマジナイのようなものなのだそうです。

 でも、私が見た物は、インターネットの画像で出てくるふつうのものとは少しちがっていたように記憶します。筆文字でなにかぐにゃぐにゃしたものが書いてありました。どうにもうまく表現できないのですが、漢字の成り立ちみたいな図が辞典とかに載っているのを見たことはありませんか。あんな感じで、漢字とも絵とも言い難い、独特な模様みたいなものが細い筆文字でびっしりと書き込まれていたのです。そのせいで、ゴヘイらしきものは黒っぽく見えました。遠目には「汚れているのかな」と思うほどです。これといった理由はないのですが、それは何とも不気味というか禍々しいものに私には見えました。

 気味の悪いゴヘイもどきは一つではありませんでした。大学に行くのに駅まで歩いたり、スーパーに買い出しに行ったり、近所を歩くうちに同じようなものをいくつか見つけました。そのうちのいくつかには、あれは何だったのか、赤黒いというか、妙な液状のものがベットリとついたのが渇いていました。とにかく気味が悪い。気の持ちようの問題なのかもしれませんが、見つけた黒っぽいゴヘイを見ていると、急にキーンと耳鳴りがして目の前がグラグラするようなことも一度や二度ではありませんでした。

 気にするまい、などと思うと、余計に気になってしまうものです。私はそれを見つけるたびにじいっと観察するようになっていました。そして、或る日、ふと気づいたのです。このゴヘイはごく狭い土地に集中的に置かれている、と。一度気になってしまうと、もう止まりません。私は、それこそなにかに憑かれたように、ゴヘイの設置されている箇所の特徴を観察し始めました。

 気づいたことは、ゴヘイは或る特定の番地に集中して、それを取り囲むように置かれていることです。その土地には、古いアパートが経っています。築年数がどれくらいだったのかはわかりませんが、鉄のドアはペンキが剥げてすっかり錆びつき、壁面も何とも言えず汚らしい感じのボロアパートです。よく観察してみると、敷地の入り口には盛り塩がされているのにも気がつきました。ただ、なぜか緑色に変色しており、盛ってある塩も無残に崩れていました。

 駐車場に車が二、三台停めてあるところを見ると、ひとは住んでいるようです。私はのろのろと敷地内に歩いて入って行きました。敷地内のあちこちにゴヘイと崩れた盛り塩があるのが目に付きます。どうしてそんなことをしたのか、いまでもわからないのですが、私はふらふらと建物に歩みを進めていきます。入ってすぐ右手に不愛想なスチールの郵便受けがあり、部屋番号の書かれた古い紙きれが一つ一つに貼り付けてありました。紙切れのなかに一枚だけ、数字でないものが書かれた部屋がありました。確か203号室に当たる部屋ではなかったかと思うのですが、そこには或る宗教団体の名前が書かれていました。恐らく、その土地だけでやっているような小さな団体なのですが、一度玄関口まで布教に来たのを思い出しました。

 ピンポーン。
 「はい?」
 「あ、こんにちは。お引越しされてきた方ですよね」

 「ええ、そうですが。どちらさまで…」
 「近所の者です。お引越しされてきた方、このあたりのことでわからないこともあってお困りでしょうから、いろいろとご案内をしております」
 「あの、市役所かなにかの…」
 「いいえ、ボランティア団体の者です」
 「…そうですか、それはどうもご親切に」

 上京してまもない世間知らずの大学生だった私は、その訪問者にまったく警戒することなくドアを開けて、話し込んでしまったのでした。優しそうな笑みを湛える老年の男性だったので、気が緩んでいたのかもしれません。

 「ああ、そうそう」
 「はい?」
 「このあたりの風習でねえ、このお塩をお渡ししておきましょう」
 「え?」

 「このお塩をね、日に三度、水に溶かしてお飲みなさい。……キリソワカ(ぼそぼそ言っていたのと、そもそも意味不明なので記憶が定かでありません)と唱えて、手を合わせてねえ」
 「…はあ」
 「それと、これもお渡ししておきますから、よくお読みなさいね」
 老人は、手書きでびっしりと文字の書かれたチラシのようなものを手渡してきました。細かいことは覚えていませんが、一見して新興宗教だな、とすぐにわかるようなものでした。
 「あの、これ、なにかの宗教でしょうか…」
 「宗教と言って言えないこともないけれども、これは宗教というよりも人の道の正しい教えです。あなたもお塩を溶いたお水を飲んでねえ、……サマに日に三度三度よくお祈り申し上げて。ねえ」

 刺激してはならない。反射的にそう思って、老人の話にいい加減に返事をしながら、早々にお引き取り願いました。気味が悪いので、塩もチラシもすぐに捨てました。それなのに、呪文のようなものが書かれた和紙に包まれた塩と同じチラシが郵便受けに入っているということが何度もつづきました。結局、「営業・勧誘のチラシ一切お断り」の札を貼って、しばらく経ってから、投函はようやく止んだのでした。

 アパートの郵便受けにあった宗教団体の名前は、私の家に繰り返し投函されていたチラシにあったのと同じ名前でした。…これは、ヤバイ。そう本能的に感じて、友人に相談し、私は直ちに引っ越したうえで、(信仰心などありませんがあまりに不気味なので)お祓いを受けることにしました。さすがに引っ越し先までその老人が追いかけてきたとか、お祓いの最中に激しく嘔吐してしまったとか、そんなホラー映画のようなことは起こらなかったのですが、もうひとつ気味の悪いことがありました。

 実は、気になって、慌てて引っ越した後、しばらくしてから自分の部屋だったアパートを見に行ったのです。どうしてかは自分でもよくわかりません。でも、どうしても見に行かずにはいられなかったのです。部屋の郵便受けには例のチラシや塩の包まれた和紙がいっぱい入っていて、玄関のドアにも例のチラシがいっぱい挟み込まれていました。そのとき、ザリッという砂みたいな音が足元でしました。

 「うわ…」

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