コツ、コツ、コツ…宿直中に迫る足音
投稿者:munakata (2)
その病院は古くなった棟を改築し、強みである精神科の外来診察室を一新したのは、今からもう8年前くらいになります。
その時の私は事務員としてその病院に働いていました。そして男性の事務員は週に一回程度、宿直業務として夜間の急患の受付や、電話や面会対応などを行うことになっていました。
夜勤とは違い、日中働いたのち、夜9時半まではその宿直業務を行い、朝7時半までは別の休憩室で仮眠をとるスタイル(その間に急患や電話などがあれば対応しなくてはならないですが)で割とハードな業務です。
改装した棟については、そこの宿直者を新たに配置しなければならず、私はそのメンバーに入らされました。そして、そこの棟の最初の宿直が私になってしまったのです。
宿直を開始するにあたり、宿直者全員が集められ、事務の管理者から事前の説明がありました。
そこで驚いたのが、休憩する仮眠の部屋については改築した所ではなく、今は使用していない、昭和の古い病棟の詰所の隣にある畳の部屋だったのです。
その畳の部屋は、畳にシミがついていたり、元は何色かわからない色褪せたボロボロのカーテンがくたびれて引っ掛けてあったり、時代を感じさせるこげ茶の古い棚があって、そこには小さな時計がなぜか3つ程置いてあったりと、雰囲気あるところでした。
さらにその隣の元々詰所として使っていたところは、片付けがされておらず、患者様が大事にしてたであろう女の子の人形や、既に亡くなった方の名前が書いてある青い便所スリッパ、シーツやら古びた処置台など、その時は日中なのでまだ良いですが、夜はおぞましいと思いながら、他の宿直者と苦笑いで顔を合わせながら、宿直の事前説明をおぼろげに聞いていたのでした。
さていよいよ宿直当日を迎えました。ボロボロの詰所を通って例の畳部屋に行きます。ここにはテレビはありません。
広い机があるので、そこで日中にできなかった仕事を片付けます。凄く静かで、棚にある3つの時計の針を打つ音がコチコチと聞こえます。この日は特に急患もなく穏やかな時間が過ぎていきました。
そして夜10時を迎え、そろそろ仮眠をとろうと思い、隅っこにあるベッドに横になりました。照明は蛍光灯なので、豆球はなく、仕方なく真っ暗にして寝るしかありません。
時計の針がチコチコと鳴ります。眠れません。何度も何度も寝返りをし、心地良いポジションを探りながら、薄い掛け布団の中で体を丸めていました。
そうしているうちに、いつの間にか寝ていたようです。携帯の時計を見たら、2時を過ぎていました。やはり疲れていたのか、もう一回眠りに入りそうな感覚になったその時です。
どこからか遠くからコツコツと足音が聞こえ、こちらに向かってくる感じがします。夜勤の看護師さんかなと思っていました。
ゆっくりとしたリズムのその音は、だんだんとこちらへ近づいてきます。隣の詰所を通り過ぎるだろうなと思っていました。
コツ、コツ、コツ…。
そしてその音は、詰所あたりで止まったように思われ、次の瞬間、ドアのノブを回す音が鳴り響きました。
間違いなく隣の詰所のドアです。ここの詰所は、医療用具などなく、ガラクタばかりで夜勤者は誰も用事ないはず。なぜここに来たのか分からず、怖くなり薄い掛け布団にくるまります。
そして足音は徐々に畳の部屋に近づいてきます。
と、次にガサガサと何かを物色するような音がしました。1分くらいでしょうか、その音が続き、暫くしたら、足音が遠くなっていきました。そしてドアノブを回し、どうやら詰所から出ていったようです。
体中、脂汗です。誰なのか、何なのか。さっぱり分からないまま、だけど確認しにいくのも怖く、その夜はそのまま布団を身に包んで過ごしました。
結局それからは何もありませんでした。翌朝、こんな事があったと、夜勤の看護師さんに聞くのですが、誰もその詰所には行っていないというのです。あれは一体何だったのか、誰だったのか、ますます怖くなりました。
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