女が苦しそうに首元を抑え、奇声を発する。
窓から姿が消え、屯所の中からドタドタと走り回る音が聞こえる。
突然、入り口のガラス戸が開き、女が飛び出して来る。
裸足で奇声を上げ、走り去る女。
その姿に全員が悲鳴を上げ泣き叫ぶ。
「大丈夫。もう大丈夫だから帰りなさい」
住職の言葉に頷き、それぞれが家に帰る。
「ただいま」
家に帰ると両親と祖母と幼い弟が朝食を食べている。
「今日ね「幽霊」が出たんだよ」
両親の顔色が変わる。
父親の同級生だったという「幽霊」。
お祭りで◯◯舞の着物を着た姿を見た誰かが「幽霊」というあだ名を付けた。
そう呼ばれるうち自らを「幽霊」だと思い込み、おかしくなっていったと聞いたことがある。
生身の人間に住職の念仏は何も効果はない。
その姿を子供の頃から何度も目にしてきた。
あれから30年。
久しぶりに帰省した際に見掛けた「幽霊」の姿。
真っ黒だった髪の毛は真っ白になり、デイサービスの車に乗り込む「幽霊」。
すでに車の中にいる老人たちと笑顔を交わし、穏やかな表情を浮かべている。
胸の痛みと安堵。
私は一生忘れることの出来ない傷を抱えて生きている。
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