「まだ人、いる?」
電話口で。
「今、家にいる?」
そのたびに、胸の奥がわずかに沈む。自分の内側に、もう一つの位置が増えていく。
先日、コンビニで店員に聞かれた。
「袋、いりますか?」
私は首を振った。声は出さなかった。だが心の中では、はっきりと音が鳴った。
いる。
帰宅して部屋に入ったとき、違和感に気づいた。家具の配置は変わっていない。窓も閉まっている。だが空間が少しだけ狭い。自分の立っている場所が、以前より窮屈だ。
まるで、誰かがもう一人分、ここに“いる”みたいに。
鏡を見る。映っているのは私だけだ。だが焦点が合わない。ほんのわずかに、重なっている。輪郭が二重に揺れる。
居るのは、私か。
入ったのは、何かか。
要られているのは、どちらだ。
思い出す。教授の板書。
「もう、いる」
あれは確認ではなかった。宣言でもなかった。
報告だったのかもしれない。
今、この文章を読んでいるあなたも、きっと一度はその音を内側で鳴らしたはずだ。否定しようとしても、語を認識した瞬間に。
いる。
それを口に出さなくても、意味を選ばなくても、音は立ち上がる。重なったまま、消えない。
あなたのいる場所は、少しだけ狭くなっていないだろうか。
もし、ふとした拍子に自分の輪郭が曖昧に感じられたら、それは何かが入ったからではない。
あなたが、要られたのだ。
そしてそれは、もう――いる。
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