「……けて」
音にはならない。唇だけが動く。
目も鼻も、もう形がない。肌はまるで、すりガラスのようにぼやけていた。
声をかけようとすると、背中から誰かが囁く。
「聞くな」
「戻れ」
誰の声か、わからない。ただ冷たい息だけが、耳にまとわりつく。
目が覚めるたびに、胸の奥に何かがへばりついたような気持ちが残る。
どんどん、現実の境目が曖昧になっていく。
夢なのか、思い出なのか、それすら曖昧なまま――
ある晩、俺はとうとう気づいた。
夢で見ているあの白い道。あれは、うちの裏山の奥にある獣道だ。
子供の頃、柵が立てられていて、「あっちは行くな」って言われてた場所。
地図を片手に、俺はそこへ向かうことにした。
行って確かめる。あの夢がただの幻なのか、それとも――
今、山の入り口に立ってる。
道は、確かに夢と同じだ。霧がゆっくりと地面を這っている。
俺はこれから進む。
もしこの記録が途中で途切れたら、
もし俺の姿が消えたら、
もしこの話を誰かがどこかで読んでるなら――
そのときは、おまえが来てくれ。
このノートを持って。
地図の道を辿って。
そして、絶対に忘れるな。
《声ガシテモ 耳ヲ貸スナ》
《眼ヲ逸ラスナ》
魂のいく場所は、
“見つけてしまった人間”が、
“聞いてしまった人間”が、
行く場所なんだ。
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