死ぬ日は今日だから
投稿者:魔境迷い子 (1)
以前に勤めていた病院での話です。
当時Nさんという70代後半の男性が入院していました。
Nさんは病院スタッフとも気さくにお話してくれる明るい方でした。
長く連れ添った奥様を亡くしていて、息子さんが居るものの遠方で暮らしているため家族が面会に来る事はなく、時々寂しそうにされている様子もありましたが、他の患者さんと交流して入院生活を自分なりに楽しんでいる様でした。
そんなNさんですが、病状の進行に伴い体力も落ち、寝たきりの状態に。
食事も進まず、体力も気力も落ち少しずつ痩せていき、ボーっとしている時間が増えて以前の様にお話される事も少なくなってしまいました。
スタッフ間でも食事内容や食べる時間を工夫するなどの取り組みはしていましたが、進行する病気や年齢には逆らえず痩せ細り弱っていく一方でした。
そんな折、遠方に暮らしている息子さんが、婚約者の方と連れ立って来てくれたのです。
いつも息子さんの事を話してくれる時に、「あいつもいい歳なのに、全然結婚する様子が無いんだ。早くいい人を見つけてくれりゃ、ワシも安心出来るんだかなァ。」と笑いながら度々ぼやいていたNさんですし、気力を取り戻してくれるだろうと私たちスタッフで話していたんです。
息子さんが面会に来てくれる予定になりましたよ、と伝えると弱々しいながらも笑顔を見せてくれたNさん。
それから面会日までの間食事量も上がり、以前の様に笑顔を見せて元気にお話してくれる様になり、久しぶりに息子さんに会える事を楽しみにして、気力が出てきた事に私達もホッとしました。
面会当日には、遠い所からよく来てくれた、久しぶりに会えて嬉しい、よう来てくれた、息子が結婚しないと心配していたが、あんたみたいな嫁さんを貰えるなんてコイツは幸せ者だよ、等々久しぶりに元気に話をしているNさんの声が廊下まで響いていてこちらまで嬉しくなったんです。
夕方になり息子さん達が帰った後、Nさんに
息子さん達に会えて良かったですね、お二人の結婚式も楽しみですね、と話しかけると、Nさんは満面の笑みで、
「そうだなァ、きっといい式になるだろうけど、ワシは見る事が出来ないんだよなァ。今日死ぬから。」
急にそんなことを言われてビックリしました。Nさんの病気は確かに進行してはいましたが、今日明日亡くなるような状態ではなかったですから。
高齢の方達は、私は棺桶に片足突っ込んでいるからね!等の寿命をネタに笑っている事があるので、そういったジョークだとも思ったのですが、それにしては穏やか過ぎる笑顔だったんです。
嫌な予感もしつつ、その日は何事もなく勤務を終え、翌日出勤した時に、Nさんが前日の夜に亡くなった事を知りました。
あの時Nさんは自分の寿命を把握していたのでしょうか?
今となってはあの時どんな思いで自分は死ぬと言っていたのか聞く事は出来ませんが、自分の残り時間が分かってしまう人も居るのかもしれません。
息子さんにも会えて、長年の心残りがなくなって安らかに旅立たれたのでしょうね。ご冥福をお祈りします。
こんなん焦りますよね