黒い影のようなもの
投稿者:白湯 (1)
私は子供の頃に、黒い影のような不思議なものをよく見ました。それは視界の端をスッと横切り、目で追うと消えてしまうなんとも、もどかしいものでした。人一倍怖がりの私ですが、不思議とその影に恐怖を覚えることはなく「あ、今そこになにかいた」と思う程度でした。
時々横切る黒い何かを見る以外はこれといった霊体験もなく、平穏に過ごしていたある日のことです。
いつも通りに家族4人で2階にある寝室で寝ていた時でした。普段は夜中に目が覚めることなど滅多に無いのに、その日は不思議とパッと目が覚めてしまいました。隣で寝ている兄を起こさないように気を付けながら体の向きを変えたり、布団を整えたりして何とか眠りにつこうとしていると、ふと違和感を覚えました。やけに部屋が暗いのです。季節は夏真っ只中で、夜でも部屋のドアも開けっ放しにしていたので、普通なら廊下にある窓から街灯の微かな灯りが入り込んでくるのですが、その時はドア一面が真っ黒でした。最初はドアが閉まっているのかと思いましたが、よく見てみるとドアは確かに開け放たれて、止め具で固定されていました。流石に不気味さを覚え、布団に頭から潜ろうとしたその時です。
「けいた、遊ぼ」
突然私を呼ぶ兄の声が聞こえてきました。慌てて隣を見ると兄はぐっすりと寝ています。さては兄が寝たふりをしながらわたしを怖がらそうとしているのだな、と思い苛立ちを込めて兄を小突きました。ですが、兄は起きる様子もなく、依然ぐっすりと寝ています。苛立ちよりも恐怖が勝り、兄を揺すったり、頬をつねってみたり、声をかけてみましたが、目覚めません。
さっきの声が兄の悪戯では無いとすれば…と恐ろしい想像をした瞬間
「けいた、こっち来て遊ぼ」
今度ははっきりとわかりました。その声は真っ暗な廊下から響いてきたものだったのです。本能的に返事をしてはならないと悟り、布団に頭から潜りました。布団の中で震えている間もずっと、兄の声で私に語りかけてきました。
「けいた、はやくこっちおいで」
「けいた、たのしいよ、あそぼ」
「けいた、ねえ、けいた、あそぼ」
泣きながら必死に耐えていましたが、そのうち気絶してしまい、気がつくと朝になっていました。
それ以来同じ体験をすることもなく、なんら変わりない平穏な生活を送れています。
ただ一つ変わったことといえば、あの日以来黒い影のようなものを一切見なくなった事です。
あの日真っ暗な廊下を埋め尽くしていたのが、この黒い影ようなものだったと考えると今でもゾッとします。
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