真夜中の昆虫採集
投稿者:古潭 (4)
岩井さんは夏になると、翌日の仕事が休みの場合は深夜から夜明け前の雑木林を練り歩く事にしている。
なぜかと言うと、岩井さんはカブトムシやクワガタを採集したり観察するのが趣味だからだ。
家から車で15分ほどの場所にある雑木林を主な採集場所にしていたが、その少し先、車で5分も行かない場所に別の雑木林を発見した。獣道になっている場所を昼間に発見したのだ。
獣道を数分歩けば、笹が多いもののクヌギがたくさん生えているフィールドにつく。
「もう夜が楽しみで。そのまま家に帰って仮眠して、夜遅くに起きて向かったんです」
岩井さんは普段の採集地を通り過ぎ、新しいポイントの獣道前で車を停め、目的地へ懐中電灯を照らしながら歩いていった。
「ワクワクして行ったんですけど、木はコブやウロが多くていい感じなんだけど樹液が出てなくて、虫がいなかったんです」
楽しみだった分、この盛大な肩透かしにがっかりしながらも、まあ一応すべての木をチェックしていこうと割れ目やウロの中を覗き込んでいった。
「最後の方の木を見ていると、耳元を何かがスッとすれ違っていったような感覚があったんです」
振り返ってみたが、別になにもない。特に気にせず、木の上の方を懐中電灯で照らして眺めていると
【ねぇ、なにがいたの】
と、すぐ後ろで声がした。
「えってなって、バッと振り返ったら、網と虫かご持った10歳くらいの男の子が真後ろに立ってたんです」
岩井さんは声も出せず、動くこともできず、口がパクパクしていた。時間は深夜23時は過ぎているはず。
【僕にも見せてもらえませんか】
少年はそう岩井さんに問いかけた。ただ、少年の口元は薄く笑っていて、動いていないのに声は普通に聞こえた。
「無言でパッと少年の横を通り過ぎて、2,3歩すぎたくらいでダッシュしました。車まで全力疾走です」
【待って、あぶないから】
声は遠ざかって聞こえるのではなく、岩井さんの耳元で聴こえ続けたという。
車のドアに手がかかった辺りまで、岩井さんを引き留める声は耳元で聴こえたそうだ。
「車に戻ってすごい速さでエンジンをかけて、道を飛ばして、少しふくらみがある場所で転回して、また獣道前のポイントを通り過ぎないといけないんですが、それが怖くて…」
ただひたすら前だけを見て、その獣道前を駆け抜けた時、視界の端になにかが見えた。
「見ちゃだめだと思ったんですけど、目がいっちゃったんです。獣道の少し奥から、さっきの男の子が目を見開いて、本当に悔しそうな顔をしてこっちを睨みつけているのが、一瞬だったのにはっきり見えたんです」
そして
「さっきは普通の感じだったのに、その時の男の子の顔は真っ白くて、目は白い所がなくて真っ黒に見えたんです」
岩井さんは叫びながら通り抜けていくと、叫び声に少し遅れて、
【待ってよ】
と子供の絶叫が車内に響いた。
岩井さんはもう、そのポイントに行くことはない。
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