俺は荘厳と鎮座している教会の門に足を踏み入れた。
ことの発端は丁度1年前、今と同じ夏の終わり。まだ蒸し暑さが少し残っていたがセミは役目を終えて土に還り、日は早く沈むようになった。そんな時期のことだった。
早朝俺はいつもと同じように気怠げな足を引きずりながら警察署に出勤した。
そして自分のデスクについたとき、何やら一人の気違いがこの警察署に出頭してきたらしいという話が聞こえてきた。
面倒事は趣味じゃないので、できれば関わらないようにしたいと願っていたのだがそんな願い、神様には聞こえていなかったようだ。
上司がデスクの前まで来て言った。
「今朝出頭してきた被疑者の取り調べを君に任せよう」
俺は取調室に入った。被疑者は男。体型は痩せ気味で目元には大きなクマがあった。
いくらか問答をした後この男はどうやら本当に気が狂ってしまっているようだということが分かった。
何を聞いても同じようにこういうのだ。
「”あれ”から逃れるためには仕方がなかった」
こう何度も同じことを聞かされるとこの質問をしたくなるのは不可避だっただろう。
「お前がさっきから言っている”あれ”というのは何のことだ」
いくらかの沈黙が流れたあと男は重い口を開き語りだした。
「俺は廃墟巡りが趣味でよく仲間と一緒に廃墟を探検していた。でもあるとき普通の廃墟にも飽きてきて街のはずれの廃教会に行こうと思ったんだ。」
「思い立ったが吉日、すぐに仲間に連絡したがあいにく高熱を出していたみたいでね、仕方がなく一人でその教会に行くことにした。」
「着いたのは確か日暮れ頃だった気がする。教会は仄暗い光に照らされて薄気味悪い雰囲気を醸し出していた。俺は森のなかに鎮座している異質な門をくぐって教会の中に入った。」
「中に入るとカーペットの先にはマリア像がステンドグラスから漏れ出た夕日を背に受け不気味に佇んでいた。”それ”の目を見たとき俺は本能的に顔を逸らした。”それ”と目を合わせてはいけない。”あれ”に気づかれてはいけない。直感的に感じ取れるものがあった。俺は逃げるようにして家まで走った。」
「ただ今考えてみるとどうやって教会に辿り着いたのか、そもそもどこで教会のことを知ったのかも思い出せないんだ。」
「結局家に帰ったあと俺は確かにあれと目が合っていたらしいと気づかされたよ。”あれ”がずっと俺の側にいるんだ。視線や気配なんかじゃない。確かに感じるんだ。」
「俺が布団に入っているときは枕元にいて、俺が頭を洗っているときは背後にいて、俺が座っているときは目の前にいる。ずっと俺をどこかに連れて行こうとしているんだ。」
そして男はこうも付け加えた。
「殺したやつには申し訳ないと思っているが、”あれ”から逃れるにはもうここしかない。そんな気がしたんだ。」
「でもそれも見当違いだったらしいことが今わかったよ。」
そう言ったあと男はどこか諦めたような様子で何を聞いても応答はなかった。
その翌朝男はこつ然と姿を消した。当然俺たちはそこら中を探し回ったが痕跡さえ見つけることはできなかった。
そんな事件があってからはや1年、警察は今日とうとう男の捜索を打ち切った。納得できない。俺はどうしても納得することができなかった。
そうだ、男が言っていた教会だ。教会に行ったら何か分かるかもしれない。突然の天啓に酔いしれながら俺は街のはずれにある教会へと向かった。
着いたときは丁度日暮れ。たそがれ時だった。しんと静まり返った薄暗い森にそれはあった。レンガ造りの門は夕日に照らされどす黒く光っていた。色あせた教会、中は見えないが扉は開いているようだ。
そういえば俺はどうやって教会に辿り着くことができたんだろうか。

























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