あなたは信じますか。
幼い頃、私のおじいちゃんが話してくれたことです。おじいちゃんはもともとプロのカメラマンで、よく学校のクラス写真や、結婚式の家族写真などのさまざまなものを撮っていたらしいです。そんなおじいちゃんが、
「どんな写真にも、人の感情や魂というものは宿る」
ということを教えてくれました。
このときは話半分でしか聞いていませんでした。
おじいちゃんも亡くなり、私は親のつてで知り合った男性と、まるで政略結婚のような形で結婚させられました。結婚式で私の親族と相手方の親族合わせて集合写真を撮ることとなり、カメラマンさんがシャッターを切ったところ、奇妙なことが起こりました。
それは写真を何枚撮っても、何も映っていない、ただの真っ白なものしか撮れなかったのです。その真っ白さはまるで、子供が無造作に白絵の具を画用紙に塗りたくったときのような、そんな感じの白で満たされていました。
結局その場では誰1人としてはっきりとした理由がわからず、カメラの故障だということで事を終わらせました。
数年後、結婚した旦那とはうまくいかず離婚し、1人で生活することになりました。そして家の物の整理を高校からの友人に手伝ってもらっているとき、ふとその写真が棚から出てきました。事情を何も知らない友人が、何も見えないこの写真を見て、ボソッと次の言葉だけ言いました。
「どこか儚い虚無感だけを感じる」
この“虚無感“という言葉が、どこか私に納得感を与えてくれました。
現代では写真はスマホでいつでも気軽に撮ることのできるものになってしまいました。ですが、自分でさえもわからない“本当の自分“も映し出してしまう。そんなことも写真にはできてしまうかもしれません。


























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