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不思議体験

翔真さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

霧の中で
長編 2026/02/20 19:02 149view

桜も散り、5月も後半へ差し掛かると新緑が濃くなる季節へ移り変わる。
この時期は、四季の中において最も新鮮な気持ちにさせてくれるので、私にとっては特別である。
それは私だけではなく、隣で海鳥と戯れる渡辺にとっても同じに違いない。

「だいぶ鹿児島湾から離れたな。栗田、お前、船酔いなんてしてないだろうな。」

渡辺は意地悪そうな表情を浮かべてそう言うと、私の顔を覗く。
以前、彼と船釣りをした際に私は大変な船酔いでダウンした事がある。恐らくその時の事を未だに茶化しているのだろう。

「うるさいな、高速フェリー船じゃ酔わないよ。それに、俺にはこれがあるからな。御守りだ」

そう言いながら私は、スマートフォンで我が子の写真を渡辺へ見せつける。生後4ヶ月の愛娘だ。渡辺は面白くなさそうに、ハイハイ、と手で振り払う。

「41歳にしてようやく、だろ。そりゃ可愛いだろうな。でもなお前、子供の写真は俺以外にはあまり見せびらかさない方がいいぞ。親バカも大概にな。」

「お前も早い所身を固めたらどうだ。新しい世界が広がるぞ。」

「俺はいいんだよ、結婚なんてまっぴらさ。草花があれば十分だ。あれはすごいんだぞ、奥が深いっていうか、正解がまるでないんだ。新しい学説や発見が次々と出てくる。そうそう、もう8年研究を続けてるシダ類でな–––」

渡辺はそう熱心に語っていた。

初夏の休暇を利用して、私は友人の渡辺と屋久島に向かっている。
一泊二日で屋久島を縦走する計画である。
目的は、西部照葉樹エリアをフォレストウォークしながら行うアニマルウォッチングだ。
学術調査のフィールドとしても名高い屋久島は、私達のような研究者にとってまさに聖地である。
渡辺は大学時代の同期であり、卒業後の研究所もセクションは違えど同じであった。私の研究対象は主に動物行動学で、彼は植物学をメインにしている。
今回は仕事は抜きに、純粋なレジャーの名目で屋久島の多様かつ貴重な各生態を楽しむ為に訪れる計画なのだ。

声をかけたのは私の方であり、渡辺は二つ返事で快諾であった。
互いに研究に追われ、まともなプライベートも楽しめない日々が続いていたので、今回初となる屋久島計画は私達にとって格好の息抜きと言える。

『–––御乗船のお客様へお知らせ致します。まもなく、屋久島へ到着致します。お降りの際は、お忘れ物のないよう–––』

アナウンスが流れ、船の前方へ顔をやると屋久島が姿を現した。
水面がきらきらと光り、雲がかる光景に神々しさを感じる。

「神々が住む島、だからな。気持ちはわかるよ。屋久島の神様に感謝してお邪魔しようぜ。」

渡辺は私の気持ちを汲みとるようにそう言うと、下船の準備をいそいそと始めた。

フェリー下船後、私達は港の食堂で一服し、すぐに登山口へ訪れた。
ガイドが注意事項の説明をしながら、そうそう、と言うようにこんな事を付け加える。

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