出張介護職員として働く私は、29歳の男だ。
今回の担当は、今年84歳になる吉川さん。
奥さんは数年前に亡くなり、子供はいない。
今は一人暮らしで、今回の依頼は吉川さんの弟にあたる人物からだった。
古い日本家屋の玄関で、私はいつものように声をかけた。
「今日から吉川さんのお手伝いをすることになった者です。よろしくお願いします!」
返事はなかった。
居間を覗くと、吉川さんは私に背を向けたまま、誰かと話している。
いや――
正確には、“何か”と話していた。
一体の日本人形。
茶色の着物を着て、黒髪は床に届きそうなほど長い。
派手な髪飾りもなく、日本人形にしては妙に地味な印象だった。
「かよこさん、お茶を沸かしてくれ」
吉川さんは、その人形に向かってそう言った。
認知症がかなり進んでいるのだろうか。
私は一瞬言葉に詰まり、それでも仕事だと思い直す。
「すぐにお茶を入れますね」
明るくそう返して、私は掃除用の雑巾を脇に置き、台所へ向かった。
吉川さんの家は、いわゆる古き良き日本家屋といった風貌だった。
奥様が使っていたと思われる台所は、長い間手入れされていなかったのか、薄く埃をかぶっている。
(ここも掃除しなきゃな)
そう思いながら、私は介護の仕事を続けた。
⸻
吉川さんの生活リズムにも慣れてきた、ある火曜日のことだった。
昼食を終え、吉川さんは寝室で昼寝をしている。
私は居間の片付けをしていたが、奥の寝室から物音がした。
トントントン。
サラ、サラサラ。
一定のリズムで、何かを叩き、撫でるような音。























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