昼下がり、ふと道端で足を止めた。
アスファルトの上を、一匹の亀がのろのろと歩いていた。大きくもなく、小さくもなく、よく見かけるミドリガメのようだった。
けれど、そこは車通りのある道路だった。
いつタイヤに踏まれてもおかしくない。危ない、と思った。何かしなきゃ、と思った。
周囲を見回すと、すぐそばに池があった。道路に沿って橋がかかっていて、その下に水面が広がっていた。浅くはない。多分、棲むにはじゅうぶんだろう。亀にとって、あそこなら安全かもしれない。
わたしはしゃがみ込み、そっと亀を両手で持ち上げた。
甲羅は乾いていて、少しあたたかかった。のそのそと手足を動かして、驚いた様子も見せず、ただされるがままだった。
橋の真ん中あたりまで歩いた。
下は池。風が水面をなでて、ゆっくりと波紋が広がっている。
「行ってらっしゃい」
声に出すのが恥ずかしくて、心の中でつぶやく。
そして、手を離した。
ぽちゃん。
小さな音がして、水しぶきが上がり、すぐに消えた。
水面には、もう何もなかった。
わたしはしばらく、橋の上から池をのぞいていた。
亀は……浮かんでこなかった。
三十秒、いや一分、二分……
待てども、待てども、甲羅の影は見えなかった。
不意に、胸の奥がきゅっと縮こまる。
わたし、何か間違えたんじゃないか?
高すぎた? 水の中でひっくり返って……?
最善だったと思った。
助けたつもりだった。
でも今、わたしは橋の上で、ただ立ち尽くしている。
下の池は、静かなままだった。
何も言わず、何も返さず、風にさざ波を立てているだけだった。





















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