奇々怪々 お知らせ

ヒトコワ

はまちさんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

浮かばない亀
短編 2025/06/13 15:12 855view

昼下がり、ふと道端で足を止めた。
 アスファルトの上を、一匹の亀がのろのろと歩いていた。大きくもなく、小さくもなく、よく見かけるミドリガメのようだった。

 けれど、そこは車通りのある道路だった。
 いつタイヤに踏まれてもおかしくない。危ない、と思った。何かしなきゃ、と思った。

 周囲を見回すと、すぐそばに池があった。道路に沿って橋がかかっていて、その下に水面が広がっていた。浅くはない。多分、棲むにはじゅうぶんだろう。亀にとって、あそこなら安全かもしれない。

 わたしはしゃがみ込み、そっと亀を両手で持ち上げた。
 甲羅は乾いていて、少しあたたかかった。のそのそと手足を動かして、驚いた様子も見せず、ただされるがままだった。

 橋の真ん中あたりまで歩いた。
 下は池。風が水面をなでて、ゆっくりと波紋が広がっている。

 「行ってらっしゃい」

 声に出すのが恥ずかしくて、心の中でつぶやく。
 そして、手を離した。

 ぽちゃん。

 小さな音がして、水しぶきが上がり、すぐに消えた。
 水面には、もう何もなかった。

 わたしはしばらく、橋の上から池をのぞいていた。
 亀は……浮かんでこなかった。

 三十秒、いや一分、二分……

 待てども、待てども、甲羅の影は見えなかった。

 不意に、胸の奥がきゅっと縮こまる。
 わたし、何か間違えたんじゃないか?
 高すぎた? 水の中でひっくり返って……?

 最善だったと思った。
 助けたつもりだった。
 でも今、わたしは橋の上で、ただ立ち尽くしている。

 下の池は、静かなままだった。
 何も言わず、何も返さず、風にさざ波を立てているだけだった。

1/1
関連タグ: #声#橋
コメント(0)

※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。

怖い話の人気キーワード

奇々怪々に投稿された怖い話の中から、特定のキーワードにまつわる怖い話をご覧いただけます。

気になるキーワードを探してお気に入りの怖い話を見つけてみてください。