きぐるい

田中という男は、妻と幼い娘を持つ、普通のサラリーマンだった。ある日、仕事から帰宅すると、自宅のリビングに見知らぬ男が立っていた。驚いて声をかけようとしたが、男は瞬きもせず、笑顔でじっと田中を見つめているだけだった。

田中は恐る恐る近づき、「誰だ？」と尋ねたが、男は口を開かない。その瞬間、田中の頭の中に奇妙な映像が流れ込んできた。そこには、自分の家が火に包まれ、妻と娘が絶望の中で助けを求める光景が映し出されていた。しかし、どうしても助けられない。それどころか、彼自身が火を放ったのではないかという疑念が頭をよぎった。

突然、男が口を開き、「お前は知っている」と呟いた。その言葉に震え上がり、田中は後退したが、体が動かないことに気づいた。彼はパニックに陥り、全力で逃げ出そうとしたが、体はまるで意志を持っていないかのようにその場に釘付けになっていた。

その晩、田中は寝室に逃げ込んだが、悪夢に苛まれ続けた。夢の中で、見知らぬ男が自分の家族を一人ずつ追い詰め、最終的に田中の娘を、田中自身にレ◯プさせた。目が覚めても、心臓が激しく鼓動しているのがわかるほどの恐怖が残っていた。

翌朝、田中は仕事に行く準備をしていると、妻から突然の離婚を切り出された。驚く田中に、妻は「ずっと言いたかったの。でも、怖くて言えなかったのよ」と言った。その言葉にショックを受けた田中は、どうしてこんなことになったのかと問い詰めたが、妻は冷たく「あなたが何をしたか、よく知っているはず」と言い放った。

その後、田中は精神的に追い詰められていった。彼は自分の行動がすべて他者の意志で支配されているように感じ始め、自分が何かをしようとすると、無理やり別の行動を取らされることに気づいた。精神科の大病院にも通ったが、目立った改善は見られなかった。

最後の夜、田中はもう限界だと思い、すべてを終わらせることを決意した。
彼はロープを用意し、異常なほど冷静に首を吊る準備を進めた。

別れた妻子がいないがらんどうのマイホームのどこかの部屋に、誰かがひそんでいるような気配を感じたが、もう関係なかった。

薄暗くカビた浴室の
鏡の前で首にロープをかけた瞬間、彼の顔が狂気に満ちた笑みを浮かべていることに気づいた。その笑みは、あの見知らぬ男と同じだった。

田中の遺体は翌日、
ゴミ集積場に転がる、
古びた配管の中に詰め込まれた状態で発見された。
彼の顔は苦しみで歪んだまま硬直していたという。
司法解剖によると、
死因は餓死だそうだ。