奇祭と考察
投稿者:あまね (9)
地元の祭りとその伝承の話。
私の地元には所謂奇祭があった。
特定を避けるためぼかすがわかる人にはわかると思うのでコメントで祭りの名前や直接的な地名は出さないようご配慮いただきたい。
大雑把にまとめると『ある動物の夫婦が死に、お寺の住職の夢の中に出てきて私達を弔ってくれと頼んだ。住職がその通りにしてやるとご利益を与えてくれる神となった』という伝承のもとその動物の新郎新婦の婚姻を祝う祭りをするのだ。新郎新婦夫婦に扮した地元の人間が神輿に担がれ町を練り歩く。
誰が今年の新郎新婦かは役目をした当人と住職しか知らない。
私はこの祭りを地元にいた頃は当たり前のものと思っていたが、地元を出て就職してから思い出すと奇妙だと感じるようになった。
何故あんなにも人口も少ない狭い土地なのに毎年誰が新郎新婦役か確信が持てないのか。○○さんかな?いや××さんじゃあないの?といった具合で身元が割れた事は一度もない。
そもそも元となる伝承もおかしい。住職が頼まれたのは葬式ではなかったのか?何故婚姻を祝うのか?
祝うにしろなんで毎年新郎新婦なのか?銀婚式、金婚式のようなものではダメなのか?
さらに細かいことを言うと、元の伝承では最初動物の死を知った住職は気味悪がっていたのだ。そして急ぎを理由に弔いどころか手も合わせずその場を去る。
なのに夢で頼まれた時は何故かやらねばならぬと使命に燃えているのは、一体どんな心境の変化なのだろうか?
図書館で色々な郷土資料を見て見たが祭りとしての歴史ばかりが取り上げられ、元となる伝承はこれ以上のものがあまり残っていなかったので、ここからは完全に私の推測になるのだが……動物は夫婦ではなく1匹で、住職もしくはその他人間のせいで死んだのではないだろうか?
人間のせいで死んだその動物を住職は最初弔わなかった。死んだ遊女を弔わず穴に投げ捨てることでまた人間に生まれ変わり報復されぬよう畜生道に落とすのと同じ、畜生を弔って人に生まれ変わられて祟られても困るからだ。
しかしその動物は住職の夢に化けて出る。恐ろしいが弔いという望みを償いの道を示してくれたわけだ。住職は急いでそれを執り行う。
昔は冥婚というものもあった。1匹で死んで番いのいない動物を手厚く葬るため、供物としてもう1匹か1人か単位はわからないが、番いを用意してやったのではないか。
そして祭りは毎年新郎新婦で行われる。どちらかはわからないが片方はいつも人間が償わなければいけない動物霊で今や神様、片方は償いの手段としてその神様に捧げる供物で年毎に違う人に変わるので何度祭りを行っても新郎新婦の形になる。一度貰った供物では既に神様のものだから捧げることができないからだ。
新郎新婦役をした人を明かさないのは、神様は夫婦ではなく片方だけなこと、神様は人形に面をつけたものでもう片方だけを供物として地元の人間が行なっているのを隠すため。
人魚の伝承の中には、まな板の上に人の上半身が乗っているのを見て私が食べたのは人魚の肉だったのだと思うものがある。魚の下半身を見たわけでもないのにだ。
伝承は時が経てば経つほど語る側の悪かった部分は置き換えられて消えてゆく。
この祭りもその類なのではないかと思った。
そして私の予想が合っているとすれば、地元の人間として新郎か新婦どちらかわからないがそれに選ばれるという事は供物側ということだ。
幼少期は祭りの主役に憧れていたが、その役目をすることなく地元を出られた私は運が良かったのかもしれない。
こういう考察もの大好きです! 奇祭シリーズ期待!
非常に佳い出来。
怖さを感じさせる工夫と民俗学的知識研究が合わさっている。
評価に値する技術