死者に会ったことがあります

過去に一度だけとても不思議な体験をしました。
その時のことを。

10年ほど前、お酒を覚えたての僕は仕事帰りによく駅前のBARで飲んでいました。

何度か通ううち、常連の方々と仲良くなりました。
そのなかにYさんという30代の女性がいました。

アパレル関係で働くYさんはとても気さくでユーモアがあり、美人でもあることから常連みんなから慕われていました。

金曜の夜なんかは常連でごった返すお店なのですが、ある夏、Yさんを見かけなくなりました。

他の常連さんに聞いてみるとYさんの父親が急病で亡くなったため、地元に帰っているということでした。

大変だな、と思いつつも他の常連さんと楽しくお酒を飲む日が続き、気がつけば冬になってもYさんはお店に来ることはありませんでした。

そんな冬のある日の金曜、あいにくの雨の中、早歩きでBARに向かっていると前からYさんが傘をさしながら歩いてきました。

「Yさん」

僕が話しかけるとYさんは立ち止まり、傘の下から「久しぶり」と返してくれました。

「今からいつものお店行きますけどYさんもどうですか？」

そう聞くとYさんは少し寂しそうな顔をして「また今度ね」と言うと早足で去ってしまいました。

きっとYさんにも色々あるんだろうなと思い、特に深く考えなかった僕はそのままお店に向かいました。

お店にはその日も常連数人がいました。
僕は早速、先ほどYさんに会ったことを伝えました。

するとお店全体が静寂に包まれました。

何か変なこと言ったかな。
僕が少し焦っていると、他の常連さんが「それは人違いだよ」と言いました。

いや、挨拶もしたし誘ったら「また今度」って言ってましたよ、僕がそう伝えようとすると、また別の常連の女性が、

「Yさん、2ヶ月前に死んだよ」

と言いました。

いやいや、何の冗談だよと言い返そうとするとお店のマスターが「Yさん、実家に帰ってしばらくしてから交通事故でね」と暗い顔で言いました。

僕はその場の空気を悟り、言い返すのはやめて静かにウイスキーを飲んで早めに帰りました。

帰宅後、常連の中で唯一連絡先を知っていた女性にメールでYさんのことを聞いてみました。

事故で亡くなっているのは本当でした。
小さくですが報道もされていました。

今でも仲の良い常連さんは人違いだよと言います。
今となっては僕も人違いだったのかな、と思ってしまいそうになります。
しかし、あの雨の日に会ったYさんから、Yさんがいつもつけていたシャネルの香水の匂いがしたことが本当にYさんだったと思わせるのです。