古いアパートに棲むモノ
投稿者:祝 (5)
これは学生時代の話です。
ある冬の2月頃のことでした。
男の友人が引っ越しをしたというので、何人かで引っ越し先の家に遊びに行きました。部屋はまだ引っ越したてで殺風景で、ベッドと最低限の家具があるだけでした。エアコンもなく寒い部屋でした。
引っ越して数日しか経っていないのですが、古いアパートなので、使い込まれたような感じがしていました。2階建ての木造で、歩くとぎしぎしと音がします。友人の部屋は2階の端っこにありました。
私たちは、男3人、女2人で、新居祝いとして酒を飲み、少し騒ぎました。隣の部屋から苦情が来るかも、と誰かが言いましたが、隣の部屋からは誰かの足音や物音が少し聞こえ、上の部屋からも時折足音が聞こえる程度で、苦情らしいものは何もありませんでした。唯一驚いたのが、友人の女の子の1人がベッドに座った途端、部屋が大きく軋むような音が響いたことです。ガタガタと大きい音だったので、上の部屋で何か家具でも動かしたかな、とみんなで笑いました。
それから一ヶ月もしないうちに、友人がまた引っ越したい、と言い出したのです。ついこの間引っ越したばかりなのに。
理由を聞くと、家に来てくれと言われたので、また友人を集めてみんなで行くことにしました。ですが、友人は、男だけで来てくれと言います。
結局、男3人で友人の家を訪れることにしました。学校帰りのことです。友人が鍵を開けて家の中に入ると、強い香水の匂いがしました。甘い、女物の。
彼女でもできたのかと聞くと、青ざめて首を振りました。
友人は、誰かに聞かれるのを恐れるかのように、小さい声で言いました。最近、ずっとこうなんだ。
女友達を家に連れてきた後や、グラビア雑誌を見た後。必ずいつも女物の香水の匂いがするんだと。それから、強い家鳴りが。
私たちは友人と同じくらい青ざめました。友人は、そんな私たちを浴室に連れて行きました。トイレが一緒になった、アパートにはありふれた風呂です。
その風呂の天井、点検口の蓋をおもむろに外しました。
そこには、お札がびっしりと貼り付けてありました。
茶色いものや白いもの……つまり、古いものから、新しいものまで。中には、つい最近貼ったばかりのようなものまでありました。
私たちは声もなく顔を見合わせました。鳥肌がたち、背筋に冷たいものが伝うようでした。
早く引っ越した方がいい、と誰かが言いました。その途端に、隣の部屋からどん、どん、と大きな音が響きました。壁を殴っているような音です。上の部屋からも、足音が響いてきました。まるで怒っているような……。
私たちは部屋の外に転がるように出ました。すぐにここから離れなければならない、と思わせるような音でした。アパートの階段を駆け降りると、ちょうど大家さんが共用部分の掃除をしていました。
友人が青褪めながら言いました。すぐに引っ越しをしたい。隣の部屋と上の部屋がうるさい。と、お札のことは言わずに。
大家さんは怪訝そうな顔をしました。
あなたの部屋は2階じゃないですか?上の部屋なんてないでしょう。それに、隣の部屋はもう随分前から空いてますよ。
私たちは今度こそ言葉を失いました。
友人が恐る恐る大家さんを問い詰めたところ、このアパートは元々小さな精神病院の跡地に建てられたものだそうです。その病院では、女性が1人亡くなっていました。ちょうど、友人の部屋のある場所で……。
それから、友人はすぐに別の家に引っ越しました。そこではもう、甘い香水の匂いに悩まされることも、足音や家鳴りに悩まされることもないようです。
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