消えたお昼休みの喧騒
投稿者:百太郎 (4)
非正規の事務員としてずっと働いていました。
役所での仕事でしたので、お昼休みになると庁舎から一斉に人があふれ出ていきます。
普段から近くの公園で昼食をとることが多かった私は、その日もお昼休憩の合図とともにお弁当をもって庁舎の裏口へ向かいました。
廊下にも職員が溢れ、正面玄関へとみんな足をむけていました。
裏口から出るのは、その方が公園が近かったからです。裏口からでて右に曲がりまっすぐ進むとちょうど小さな鉄の門があります。
その門をくぐるとすぐに公園へとつながっていました。
裏口から小さな門へ続く道はちょうど渡り廊下の下になっており、日中でもちょっと暗い感じのする場所でした。
普段は気にすることはなかったのですが、その日はなんとなく嫌な予感がしたのです。
少し薄暗い渡り廊下の下を歩いていると、前方から髪の長いOLっぽい人が歩いてくるのが見えました。
膝丈のスカートとジャケットを着ていて、職員さんかなぁと思いながらなんともなしに見ていると、気づいてしまったんです。
その女性の動きは変でした。
カクカクと不自然に肩が揺れています。手には書類鞄もハンドバックもなにも持っていません。
よく見ると、ハイヒールを片方しか履いていないのです。だから肩がカクカクと不自然に上下していたんです。
まずいなぁと思いながら、こういう時は見ちゃダメだと思い、私は視線を足下に落としました。
お昼休みで人が庁舎から溢れ出ているはずなのに、この道はシーンと静まり返っています。
正面玄関からの声も、庁舎の前をはしる車の音も全く聞こえてきません。
私は恐怖で胃がきゅっとあがり、血の気が引いていくのを感じていました。
ズッズッ…コツコツ…。女が足を引きずりながらこちらに向かってきているのがわかります。
そのうち、生ゴミが腐ったような臭いがしてきました。もうすぐ側に女の気配を感じます。
私はもう怖くて歩けなくなっていました。ぎゅっとめを瞑り女をやり過ごそうとしました。
「なんで、わかった?」
強烈な臭いとともに、女が私の顔をのぞき込んできたのを気配で感じました。
私はとっさに折角、閉じていた目を開いてしまったんです。
女は私の顔をのぞき込むようにして目を合わせてきました。顔は泥で汚れています。目は落ちくぼんで、それでも口紅の色は鮮やかなピンクでした。
私の住む地域ではお祓いなどをしてくれる太夫さんがたくさんいます。
私は以前からお世話になっている太夫さんからこういう時は絶対に返事をしちゃだめだと言われていました。
悲鳴があがりそうになるのもぐっとこらえました。女を睨みかえすと、鮮やかなピンク色の唇の端が揶揄うように少しあがりました。
次の瞬間、私の周りにはお昼休みの喧噪が戻りました。不思議なことに、私のすぐ横をお弁当を下げた同僚が通り過ぎていきます。
何事もなかったように、車の音も聞こえます。本当に普通の昼休みが突然帰ってきました。
真っ昼間から異次元に放りこまれたような感覚でした。
寝る前に読むんじゃなかった
想像しやすい文章で臨場感がありました。怖い
。
ご冥福をお祈りします