闇を逃れる海奇譚
投稿者:邪 (1)
これは私が季節外れの海水浴にいったときの話です。当時、私は恋人に捨てられ仕事もうまくいかなくなって、気がついたら閑散とした海まできてしまっていました。
それと出くわしたのは、海にきたその日のこと。
私は不慣れな旅行につかれ、初日は海にも入らずに眠ることにしました。
私がいつも通り一杯の水を用意し、もってきた錠剤を飲もうとバッグの中を探していた時です。
障子に何かの動く影が映りました。障子の向こうは窓がありその向こうは海。のはずでした。
影はまるで、私の部屋をのぞき込むかのように、ゆっくり動いています。しかし、暗い室内にいる私をみつけられないのか、障子の外側で動いているだけでした。そうして少ししたら小さくなって消えていきました。
影が消えたあと、私はそっと障子をあけ外の様子を窺います。そこで気が付きました。外が異様に明るいのです。月明りではありません。
海が輝いていました。海そのものが、月よりも夜を照らしていたのです。
私はもう寝ようとしていたこと、なぜここにきたのかの理由も忘れて慌てて海へ駆け寄っていました。サンダルにまとわりつく濡れた砂さえ心なしか光を帯びるように感じられます。波打ち際は輝きが寄せては返しています。
小舟をみつけた私はそれを走らせました。女一人の力でもすいすい舟は進みます。もう海岸線は見えません。もっとも距離が近くっても海の輝きに消されて海岸をみることはできなかっただろうと思います。
あたり一面の輝きの中、闇は夜と私と舟だけでした。誘われるまま私は、舟の闇を滑り落ち光の中へと沈むことにしました。
海の冷たさが私を正気に戻そうとしますが、怖いとは思いませんでした。
私が怖いと思ったのは、それがまた現れたときです。障子の影。それがまた現れました。もとはといえばそれが私を誘い出してきたというのに。それは私の腕を掴むとぐいぐいと海岸まで引っ張ってしまいました。
私は生還し家へと帰りました。
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