けれど、不気味なのはその壁が外に面していることです。だれかが外側から叩いているのかと思って外に出て確認しましたが、人の姿はありませんでした。
それに、小動物が壁の中で暴れていると考えるには音が大きすぎました。
まるで大の大人が拳を固めて殴りつけているような音なのです。
しばらくすると、音が止んだので私たちは清掃作業にもどりました。
昼休憩のとき、私たちは長と立ったままおにぎりを食べながら談笑しました。
先輩が切り出したのは私たちの聞いた物音のことです。
「作業中、壁の方からだれかが叩く音がしたんですよ。幽霊じゃないかって怖かったですねー」
「壁?」
すると、話を聞いた長は例の壁に近づきノックしました。音の反響で内部に侵入にした生き物を探しているようでした。
何度かくりかえして、彼は悲しそうにため息をつきました。
「もう、いなくなってる。はよ壁をぶち破ったら助けられたかもしれんかったけど」
彼がそう言ったので私たちは驚きました。助けられたかもしれなかったとは何か。
「どういう意味ですか?」
私たちがたずねると、彼はこんなことを説明しました。
稀に、大雨で時空がゆがむことがある。
そこで、人が思いもよらないところに転移してしまうのだと。
さきほどの物音は、きっと壁の中に転移してしまった人が内側から助けを求めていたのだろう。
しかし、転移は繰り替えされる。神様の気まぐれだ。
助けるタイミングを失ったが、それは君たちのせいではない。
人がどこに行ってしまったかは考えないようにしなさい、と。
長の話したオカルトチックな話は、にわかには信じがたいものでした。
しかしその後、大学で民俗学の講義を受けて「長の話はありえたかもしれない」と私は考えるようになりました。
古代から、「雨」は「天」と音を同じくし、気候は神々の御業であるといいます。
それならば、大雨が「時空がゆがむ」、「神隠しにあう」という現象に繋がってしまうこともありえるのではないか、と。
あの一件以来、ボランティア清掃に行く建物で奇妙な音を聞くことはありませんでした。
しかし、あのとき「壁の中にいたはずの人」のことを思い出すたびに——
豪雨のたびに続出する行方不明者を思うたびに、無事でいてほしいと祈らずにはいられません。
























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