全員が車から降りて、遊歩道へ入っていきます。このときのことを、木村さんはこう話していました。
「朝だったから、全然怖くなかったんですよ」
むしろ――
涼しい。
空気が澄んでいる。
木々の隙間から、ところどころ朝の日差しが差し込んでくる。
その光景が幻想的で、
「朝の散歩には、むしろいい場所だな」
と思ったそうです。
そんな感じで、しばらく歩いていたときでした。
仲間の一人が、前方を指差して言いました。
「あの奥の方に、ロープが見えるんですが」
みんなで目を凝らしてみる。
すると――
木の上から、何かがぶら下がっている。
近づいて確認すると、それは黒と黄色の、いわゆる虎ロープでした。
「何だ、あれ?」
ただ、遊歩道から少し外れた場所だったため、道に迷うのを防ぐため、二人には遊歩道に残ってもらったそうです。
そして残りのメンバーで、ロープのところまで行ってみることにしました。
近づいてみると、そのロープはかなり長い。
近くの木の幹に結びつけられていて、そこから別の木の太い枝を通し、ちょうど人間の頭くらいの高さまで垂れ下がっていました。
ただ――
よくある首吊り用のロープのような輪はありません。
先端が少しほつれているだけだったそうです。
「これ、何なんだろうな」
そう言いながら、周囲を軽く調べてみる。
すると、近くから、中身がほとんど入っていないバッグ、そして、片方だけの靴が見つかったそうです。
ただ、どちらもかなり汚れていて、「単なるゴミなんじゃないか」という印象だった。ロープと関係があるのかどうかも、分かりませんでした。
そして、メンバーの中にはS君という男性がいました。この人は、いわゆる霊感がある人だったそうです。
そこで木村さんたちは、S君に聞きました。
「何か見える?」
するとS君は、少し困ったような顔をして、
「……分からない」
と答えた。
「何が分からないの?」
そう聞き返すと、S君はこんなことを言ったそうです。
樹海に入ってから――
至るところに、人の気配がする。
はっきり見えるものもいる。
一瞬だけ見えるものもいる。
視界の端を、ちらちら動くものもいる。
そして、このロープの近くにも、薄ぼんやりとした何かが見える。
ただ、それがこのロープと関係しているものなのか、そこまでは分からない。
そう言ったそうです。
結局、その場では何も判断できませんでした。
一度、遊歩道まで戻り、みんなでロープについて話し合った。
しかし、
「虎ロープって、首吊りには使わないだろ」
「工事とか作業で使ったものじゃない?」
「誰かがいたずらで木に引っ掛けたんじゃないか」
そんな意見がほとんどだったそうです。怖いものとして見るより、「たぶん大したものじゃない」と考える人の方が多かった。
ただ――せっかく見つけた場所です。
「一応、撮影候補には入れておこう」
そう決めて、そこから離れました。
その後も遊歩道を歩き、何かありそうな場所を探していきます。何か所か候補は見つかったものの、どこも決め手に欠ける。
結局、一番印象に残ったのは、あの虎ロープでした。
そこで、その場所を調査地点に決めたそうです。
そして、下見を終えてキャンプ場へ戻りました。
別の心霊スポットへ行っていたグループとも合流。
キャンプの準備をする人。
仮眠を取る人。
夜に備えて機材を準備する人。
それぞれに分かれて、夕方まで過ごしました。
そして夕方になり、キャンプが始まります。
みんなで食事をして、少しお酒を飲んで、花火をして。
普通の大学生の夏休み。そんな時間を過ごしたそうです。
そして、夜。
いよいよメインイベント。心霊スポットの調査へ向かいます。
再び、樹海へ。
昼間とは――まるで別の場所だったそうです。
木村さんは、そのときのことをこう話していました。
「夜の樹海は、朝とは全然違うんですよ。めちゃくちゃ怖かった」
とにかく暗い。少し先にあるはずの道すら見えない。
木々に囲まれているせいで、どこを見ても闇。昼間は清々しいと思った空気さえ、夜になると不気味に感じる。
そんな場所を、機材を抱えて歩いていきます。
やがて――
木に巻いておいた反射テープが、懐中電灯の光にチラチラと浮かび上がってきました。
昼間に来た場所です。目的のロープがある場所の手前まで来た。
念のため、木に目印代わりの懐中電灯を置く。そして、慎重に奥へ進んでいきました。
目的の場所に到着。そこから、機材を設置していきます。
カメラは三台。ライトが二台。三脚が五本。
ロープを中心にして、左右に一台ずつカメラを置く。そして少し離れた場所には、ロープ全体を俯瞰で撮影できるよう、もう一台。
二台のカメラの間には、それぞれライトを一台ずつ。
準備が終わると――全員で録画を開始。
そのまま、一時間から一時間半ほど放置することにしました。
その間、メンバーは遊歩道へ戻り、メインカメラを回しながら探索を続けます。
時間になり、再びロープの場所へ戻る。機材を回収し、駐車場まで戻って、定点カメラがちゃんと録画できているかを確認する。
問題はなさそうだった。そのままキャンプ場へ戻りました。
すでに別グループのメンバーも帰ってきていたそうです。
「どうだった?」
「何かあった?」
そんな話をしながら、機材を車から下ろしていく。一通り片付けて、少し休憩して、みんなが落ち着いた頃。
今度は、定点カメラの映像を早送りしながら確認することになりました。
ちゃんと最後まで録画できているか。何か映っていないか。その程度の確認だったそうです。
そして――問題の映像を撮影したカメラ。
ロープに向かって右側に設置していたカメラを確認していたときでした。
撮影開始から、およそ二十分から三十分ほど経ったところ。
画面に映っているロープが――突然、動き始めた。
揺れた。というより、弾かれたように動いたそうです。
そのまま、しばらく揺れ続ける。そして、少しずつ、少しずつ揺れが弱くなっていく。
やがて――止まった。
木村さんは、この話をしてくれたとき、僕にこう言いました。
「風とかじゃないんですか?」
僕がそう聞くと、
「それが、全然違うんですよ」と。
「右側のカメラの映像にだけ、映ってたんです」
僕が、「え?」という顔をすると、木村さんは続けました。
「左側のカメラには、そんな動きは映ってないんです」
「正面から全体を撮ってるカメラにも、映ってない」
「本当に、右側のカメラに映ってるロープだけが動いてるんですよ」
探るような視線を落とし、
「他のみんなにも見てもらったんですけど……角度の問題とかじゃないんですよね」
そう言っていました。
結局、その場では誰にも原因が分かりませんでした。
風だったのか。何か動物でもいたのか。ロープの結び方に問題があったのか。
それとも――S君が言っていた、「何かがロープにぶつかった」という話なのか。
答えが出ないまま、その年のオカルト合宿は終わりました。
全員、何事もなく帰ったそうです。
夏休みが終わり、大学が始まり、サークルの活動も再開しました。
そこで、改めて合宿で撮影した映像を、大きな画面で細かく確認することになったそうです。
しかし。
あのロープの映像以外には、「これだ」というものはほとんどなかった。
正面から撮影していたカメラに、影のようなもの、あるいは、モヤのようなものが映っていた。






















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