## 一、仏壇
私が一人暮らしから帰ったときのことだった。
年末年始、久しぶりに実家に顔を出すと、母が「せっかくだから」と言って、居間の奥にある古い仏壇の掃除を私に任せた。普段は誰も開けない引き出しや、線香立ての奥にたまった灰を掃除しているうちに、私は一枚の位牌に目を止めた。
戒名の下に、小さく俗名が彫られている。
「T家 長男 昭一」
聞いたことのない名前だった。
私はT家の一人っ子だ。少なくとも、そのはずだった。両親からきょうだいがいるなどと聞いたことは一度もない。ただの言い間違いか、遠い親戚の位牌が紛れ込んでいるだけだろうと思い、私は台所にいた母に何気なく聞いた。
「ねえ、この位牌、誰のこと?」
母は手を止めずに、ちらとこちらを見て言った。
「ああ、昭一お兄ちゃんの。もう22年前になるかしらね」
一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
「お兄ちゃん……?」
「そうよ。あんたの一つ上の。病気で亡くなったの。話したことなかったっけ」
母の声には、隠している様子も、動揺している様子もなかった。まるで、何百回も答えてきた質問に、また答えるだけのような口調だった。
22年前なら、私はまだ幼かったはずだ。一つ上の兄。そう言われて、頭の奥の方が、かすかにざわついた。
――聞いたことが、あるような、ないような。
まったく知らない話だと言い切れないのが、かえって気持ち悪かった。どこかでその名前を耳にしたことがある気がするのに、それがいつ、誰の口からだったのか、どうしても思い出せない。記憶の輪郭だけがあって、中身がすっぽりと抜け落ちているような感覚だった。
そして、もうひとつ引っかかることがあった。
この仏壇だ。
実家にこんな仏壇があっただろうか。物心ついたときから、居間にあったと言われればそんな気もする。けれど同時に、ついこの間まで、居間の奥のあの場所には何もなかった、という記憶も確かにあった。何もない壁際に、いつからか当たり前のように仏壇が置かれている――そんな感覚が、拭っても拭っても消えなかった。
それに、何かがおかしい。
母は「病気で亡くなった」と言った。けれど、私の中には別の記憶の断片があった。昭一という兄は、生まれてくることさえできなかったはずだ。胎内で、心臓が止まった――そう誰かから聞かされたことがある気がする。それも、母の口からではなく、もっと別の、誰か別の声から。
生まれる前に死んだ兄と、22年前に病気で死んだ一つ上の兄。どちらが本当なのか、両方が同時に本当であるはずがないのに、私の頭の中ではその矛盾が奇妙にすんなりと同居していた。
その晩、布団に入って昭一のことを考えていると、耳の奥で小さな音がした。
最初は空耳だと思った。けれど目を閉じて意識を向けると、それは確かに声だった。何を言っているのかまでは聞き取れない。ただ、低く、途切れ途切れに、誰かが何かを呼びかけているような響きだけが、耳の奥にまとわりついて離れなかった。
私は布団の中で、しばらく息を殺していた。
## 二、父の話


























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