おほかた、世のあはれなる事どもは、思ひがけぬ折にこそまさるものにて、
ある秋の暮れ、山里に住む友のもとへ参りしに、日はすでに山の端に沈み、道のほど暗うなりぬ。
友が庵は、古き杉の林を抜けたる先にあり。
風の音、木の葉のそよぎなど、いと心細く覚えければ、急ぎ足にて向かひしが、
ふと背後より、かすかに人の歩む気配せり。
振り返るに、誰もなし。
されど、草の擦る音、衣の触るる気色など、たしかに人のあるがごとし。
「これは怪し」と思へど、声をかけるも憚られ、そのまま庵へ辿り着きたり。
友は火桶のそばにて書物を読んでおり、我が来たるを見て、
「遅かりけるな。道すがら、誰ぞと行き合ひたりや」と問ふ。
我、「いや、誰とも会はず。ただ、後よりつけ来る者の気配のみありて、いと恐ろしく…」と
言へば、友は眉をひそめ、「この頃、その林にて怪しき影を見たりと言ふ者多し。気をつけられ
よ」と答ふ。
その夜は泊まりて、翌朝、まだ薄暗きうちに庵を辞したり。
林を抜ける折、またしても背後に気配あり。
しかし今度は、はっきりと足音聞こゆ。
恐る恐る振り返れば、そこに立てるは、昨夜の友なり。
「おどろかすな」と言へば、友は静かに首を振り、「いや、我は昨夜より庵を出ておらぬ。そなた
の後を歩むは、我には見えぬものよ」と言ふ。
その言葉に、ぞっとして再び振り返るに、誰もおらず。
ただ、朝霧の中に、うっすらと人影のようなもの揺らめきて、やがて消え失せたり。
友とともに庵へ戻り、火桶の前に座りぬ。
ふと気づけば、我が衣の裾、濡れたる手形のごとき跡あり。
「これは…」と声も出でず見つめておれば、友がぽつりと言ふ。
「そなた、昨夜ここへ来た折より、ずっと誰かを連れておるぞ。
その影、そなたの背より離れたるを、我は一度も見たことなし」
























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