私は昔から子どもが好きで、幼い頃からの夢だった幼稚園の教職につくことがかなった。
けれど。保護者からの要望や同僚との関係に悩み心身のバランスを崩して退職をすることになってしまった。
幼稚園を退職後は保育園の時短勤務をするようになった。
登園時間の補助の朝シフトだったり、入学準備のためお昼寝が無くなった年長さんを担任する先生の、休憩や連絡帳記入の時間確保のための昼シフトもあるけれど、独り身の私の場合は降園の補助をする夕シフトが多い。
さいわい、保育園は幼稚園ほど熱心過ぎる保護者は少なく、時短パートということもあって以前の職場のような不調をきたすこともなく働くことができた。
この仕事についてからはじめての冬を迎えた頃、久方ぶりに雨が降った日のことだった。
「すみませーん。M本です。迎えに来ましたー」
紺色のレインコートを着た女性が、いつの間にか年少の教室の外に立っていた。園庭側からの掃き出し窓をそっと覗いている。
しかし、大体の保護者の顔と名前が一致してきたところだったが、この女性は見たことがない。
それにこの園ではお迎えの時、保護者自身が暗証番号のロックを入力して門を開けたあとに、事務室のインターホンで名前を告げて、園庭側から子どもを引き渡すことになっている。
なので、事務室のインターホンで名乗ったら、教室まで内線が入るので、子どもの帰宅の準備が出来、スムーズに引き渡せるようになっているのだが。
このM本と名乗る女性が来ることを知らせる内線は無く、唐突な来訪に警戒ながらも話をうかがおうとする。
そもそもM本という名字の子は年長にしかおらず、この女性は来る部屋を間違っている。もしやよからぬ考えを持った人物だろうか。
「あの、ーー「あらM本さんお帰りなさい!」
私がこの見知らぬ女性を追及しようと意を決した時、ベテランの先生が私と女性との間に割って入ってきた。
「A美ちゃん、ついさっきお父さんがお迎えに来ましたよ~」
「あっそうだったんですね、すみません……」
レインコートの女性は少しはにかみ、数度会釈をして雨の暗がりを引き返していった。ざあざあと降りしきる雨のなか、すぐに姿が見えなくなる。
「…………M本さん初めて見た?」
「えっ、あ、はい。初めて見ました。あれ、M本A美ちゃんって年長さんですよね? お迎えの場所勘違いされているんですか?」
「亡くなってるの」
「え?」
ベテランの先生はふざけた様子もなく、至極真面目に受け答える。
「二年前に……。今日みたいな雨の日に、車と……接触しちゃってね……。多分、早く迎えに行こう行こうと考えてたときに事故に遭っちゃったんだろうね。冬の雨の日は時々迎えに来ちゃうみたいなの……」
「えっ、だってあんな生きてるみたいな……」
先ほど見たばかりの女性は、俗に言われる心霊話のようなおどろおどろしさはなく、他の保護者とそう大差はないように思えた。仕事を終えて急いで我が子を迎えに来た母親そのものだった。

























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