これはある日の深夜、私の身に起こった話です。
私の部屋には床に接する形に大きな窓が付いています。窓の外は庭と繋がっていて、たまに猫が窓に爪とぎをして、窓からガリガリという音がします。いつもなら無視をしますが、その日はその音があまりにも長く、不快な音を出すので私はついに我慢ができなくなり、窓を勢いよく開けました。
しかし外を見ても何もいませんでした。猫が逃げた音も無く、少し不気味な思いで部屋を振り返ると女性がいました。ボサボサの長い髪、Tシャツに下はジーンズを履いた女性が立っていました。顔は酷く荒れていて、目の焦点は定まらず、上を向いている。私は先程までの音が、私が窓を開けるためにこの女が出していたものだと気づき、血の気が引きました。私は少しの間動けず、立ち尽くしていましたが、すぐにその女性を知っていることに気づきました。
私の妹です。その女性が一年前に自殺した私の妹と同じ見た目をしていることに気づきました。
私はそのことに気づくと、嬉しさで、胸がいっぱいになりました。話したいことがたくさんある。私は妹に駆け寄り、抑えきれない声で、文章もまとまらないまま話しました。来てくれてありがとう。死にたいほど辛かったこと、気づけなくてごめん。そう私は早口で話しますが、妹はあ、あと繰り返すだけでした。私は首を絞めて死んだから声が出にくいのだと気づき、不憫な気持ちで妹に紙で話すかと聞きましたが、彼女は返事をせず、しかし開かない声帯で、たどたどしく話し始めました。
「おね、ちゃんが悪い、わけじゃない。わ、たしが、いじめ、を言え、なかっただけ」
私はそれ聞いた時、頭に血が上り、怒りでどうにかなりそうでした。その女が妹では無い、偽物だと分かったからです。
私の妹はいじめで自殺した訳ではありません。妹が自殺したのは見た目に強いコンプレックスを持っていることが理由でした。妹の皮膚は酷く荒れていて、病院に行っても治すことができませんでした。彼女はいつの日か家族以外に姿を見せることを嫌がり、高学年の時には不登校になってしまいました。いつの日からか彼女はおかしくなり、幻聴を訴えるようになりました。私はそれでも精神科に行っていれば、治るものだと楽観的に考えていました。しかし私の考えは甘く、彼女は成人する歳に、私と共同のこの部屋で自殺をしました。
私は彼女の全てを知っていた訳ではありません。でも嫌な奴は居たという話は聞いてもいじめ受けたという話は一回も聞いたことがありません。つまり目の前にいる女は私の妹を利用し、なりすますため、でたらめを言ったということです。私はそれがどうしても許せませんでした。
だから彼女の体に向けて拳を振りかぶりました。しかし拳はすり抜け、勢いのまま壁に当たりました。その事に余計腹が立ち、何発も壁に当たることを分かっていながら、怒りで涙を出しながら、その女に拳を振りました。横からなら当たるのではないか、そんなまともな理屈もない思考で足を振るうと、私の足が当たったところから女の形が歪み、私の足にまとわりつくように体を曲げると瞬きする間に消えていました。
私は呆然として、足を動かせないままでいると、上からドタドタと足音が聞こえてきました。ガチャリと扉が開く音で後ろを向くと、母親がいました。母親は上の部屋で寝ていたそうですが、私の部屋から尋常ではない音が聞こえ心配になり様子を確かめにきたようでした。私はようやく冷静になり、さっきまでの出来事、あれは私の幻覚だったのか、それともいわゆる幽霊というものだったのか、考えましたが、結論は出ませんでした。
それから私は何事もなく今に至ります。部屋は今でも私が使っています。恐怖はもちろんあります。でも私は早くあのガリガリという音を聞いて安心したいのです。
私が殴った時のあの表情、あれは笑っていたのではないか。私が蹴った時、もしかして消えたのではなく私の中に入ったのじゃないか。私の拳の傷が治らないどころか、どんどん酷くなっていることを、ガリガリとした音が、私の内側ではなく外から聞こえているものだと、早く、勘違いだと思いたいのです。
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