灯油の臭い

3年ほど前のことです。私はとある大都市の大学に合格し、一人暮らしを始めました。

　中国地方の片田舎に住んでいた私にとって初めての都会はうれしかったですが、地元の友達や家族と別れることに寂しさもありました。

　けど一年もすると大学に友達ができたし、母親も大都市観光やとか言って頻繁に泊まりに来るので寂しさは感じなくなりました。

　大学に入って、一年経った4月、また母親がやってきました。どうやら推しのアイドルがライブをするというのでホテル代わりにうちに来たのです。

　またかーと思ったのですが、仕送りをもらってる身としては文句なんて言えません。減らされたら困りますからね。

　その日の朝

「じゃ、今日はライブあるから遅くなるからね」と母は言いました。

「うん」と私は頷きながら母の作った味噌汁を飲みました。

「ここってどうなの？」と急に母はこのマンションについて言いました。

「なにが？」

「なんかさ、ちょっと変なおじさんいない？」

「しらない」普段、バイトに講義に飲み会と忙しくて同じマンションにどんな人が住んでいるのかわからないのです。でも同じ階に同じ大学に通う女性がいることだけは覚えてました。ときどき、友達を連れて家飲みしてるみたいでなんかそれが陽キャっぽくてうらやましいなーって思ってました。

「まぁいいけど。あんた、今日バイトでしょ？」と母が言って「うん」と頷きます。

「なるべく早く帰りなさいよ」

「うん」

　お母さんも早く帰りなよと言いたかったですが、そんな言葉は飲み込みました。

「ただいま」と帰りましたが部屋の中は真っ暗でした。20時30分、まだ母は帰っていないようでした。

　お腹が空いていましたが、その日はちょっと汗ばむ陽気だったので先にお風呂に入ろうと思いました。

　それでお風呂に入っているとガタガタと音がします。お母さんが帰ってきたなーとか思ってました。そして母が洗面所に入ってきました。浴室のドアは磨りガラスですので黒い物体が動いているのが見えます。

「早いね、お母さん」と声をかけるが何も言いません。

「なんかさ、ちょっとラーメン食べたくない？」とさらに言うと「チェッ」と舌打ちのような音が聞こえ、黒い物体が消えました。

　どうしたのかな？と思いながら洗面所に出ると

「くさっ」思わず言ってしまいました。なんか灯油くさかったのです。うちは灯油ストーブは使っていないためそんな臭いがするはずないのに。

　えーなんで？とか思ってると玄関から鍵をあける音がして、母親が入ってきました。

「あれ？　また外に行ったの？」

　母は不思議そうな顔で私を見つめ、「どういうこと？」

「え、だってさっき帰ってきたでしょ？」

「？　今、帰ってきたばっかりよ」と確かに両手にはライブグッズが詰め込まれた袋がぶら下がっていました。