被災地の白い手
投稿者:茜 (1)
毎年元旦は家族で初日の出をみにでかけるのですが、毎回決まった場所ではなく今年はあそこに行こう!となんとなく提案した場所へ行っていました。その年はあの東北の大震災があった2年後でした。
なんとなく今年は海からの初日の出がみたいということになったのでいつも通り皆早く起きたり寝ないで年越し特番をみたりして早朝父の運転する車で家を出ました。母は朝が得意じゃないからと行かないことにして私と父と妹の3人でかけることになりました。
東北の元旦は雪が積もっていたり道路が凍結していることが多く毎年「今年は元旦に雪が降らないといいね」と言っていたのですがその年は全く道路に雪も氷もなく珍しく走りやすい道路状況でした。
朝の5時、あたりはまだ真っ暗でお店もお正月休みだったり時間的に閉店後だったりと明かりはほとんどありません。車のヘッドライトだけを頼りに父は運転していました。
「どこの海に行くの?」と尋ねると「うーんどうしようかな。ここから一番近い海は〇〇港だけど日の出みれるかな。〇〇浜はどうだろう、前にも行ったことがあったし。ただな、震災で立ち入り禁止になってて入れるかどうかわからない」とりあえずその〇〇浜を目指して走ることになりました。
朝早くほとんど寝ていなかった私と妹は後部座席でそのまま眠ってしまいました。オーディオもつけず無音の中運転する父が「ん?」と声をあげたので私は目を覚ましました。「どうしたの?」「いや、遠くになんか落ちてる。ゴミかな?」「え?道路の真ん中に?」
目を凝らして進行方向をみてみてもその時は何も私には確認できませんでした。窓の外にふと視線をやって息をのみました。土台だけで家がない。門柱と表札はあるけど肝心の家がない。
ぼんやりかすかに灯りが灯っているところはよくみると鳥居だけが立っていてお社がない神社でした。そこへかすかな光の中で何かがうごめいていたので初詣に来た人たちが集まっているのだと想像がつきました。
しかしその鳥居の周りは他に電柱も建物も何もなく、門柱だけの基礎があるばかりで隣も後ろももっともっとずっと奥までかろうじて基礎が地図のように、この辺に建物があってここからは道路があってとわかるような異様な有様でした。よく戦争映画でみる爆撃を受けた焼け野原の町のような、町とは言えない光景がそこにはありました。2年経ってもここへ黒い波が襲ってきたのが昨日のことのようにそのままで残酷な光景がそのままに広がっていました。
「この辺も全部流されたんだね」父に話しかけましたが何も答えませんでした。はっとしてまた進行方向へ目をやると今度は私にも確認ができるくらい近付いてきたのか道路上に白い何かが落ちているのがわかりました。
それが何かはまだはっきりとはわからないけど、雪も氷も無い道路にポツンとそれだけが落ちているのはわかりました。父が「なんだろう?」とつぶやき目を細めます。白いそれにどんどん私たちの車は近付いていきました。
大きさは人の握りこぶし1つ分くらい。いや。握りこぶしみたいと言うより、紛れもなくそれは人の「…手?」白い人の手のようにみえました。ちょうどてのひらを上にした向きで指を開いた状態の白い手は手首から先が無い状態で落ちていました。
父はぼんやり「手かもしれないな」とつぶやきました。父は心霊番組をみては「こんなの作り物だくだらない」と笑い、怖い話も「作り話じゃないか」と否定をし、「罰なんて当たらない、神様なんていないんだから。昔はこうしてよく遊んだ」と蛇や動物を嫌がる子供たちの前で平気で傷をつけるような人だったので、幽霊だとか怪奇現象だとかそんなものは全く信じている素振りの無い人でした。
その父が「手だ」と断言したことでぶわっと恐怖がこみあげてきて私はパニックになりました。それでも軍手だったりして?とか、ただのごみがそうみえるだけとかなんとか怖くない方へ思考を持っていこうと必死でした。しかし近付いて行くにつれそれは紛れもなく人の手の形をしていて、ふうっと細い5本の指が動いたと思うと閉じていってぎゅっと拳を握ったような形になっていったのです。
「えっ、手?手だよね!?」私の大声に隣で寝ていた妹も目を覚まし、ただ事ではないと察して私がみつめる方をじっと一緒にみつめていました。「ねぇ!手だよ!!」私は叫びをあげました。このままだと手を轢いてしまうじゃないか。
しかし父は車のスピードを落とすことなくそのままその手を轢いてしまいました。厳密には轢いてしまったというのは間違いで、その手はそのまますうっと車の中をすり抜けていって妹と私の間を通りすぎていったのです。
一瞬のことだったのでしょうが、すり抜けるまさにその時まるでスローモーションのようにゆっくりと通り過ぎるように感じました。私は今でも鮮明に白い拳を思い出せるくらい強烈だったのです。
父がバックミラーをちらりとみたので「どうなった?」と声を掛けましたがしばらく何も言いません。「手、どうなった?」尚も声を掛けるとやっと「無い」と答えました。「無いって、手が…無いの?」
パニックになって騒ぐ私に静かに「消えた」と父はつぶやきました。そこでようやくアクセルをゆるめてスピードを落とし尚もじっと後部をミラー越しにみていた父。振り返るのも恐ろしくただじっと父からの情報を待っている私と妹に父はしばらく何も答えずそのままスピードをあげていきました。
そこから3人は一言もしゃべらず目的地へ到着してしまいました。真冬の車内は暖房がまだ十分に温まりきっておらず肌寒さが残るというのに、私は変な汗が止まりませんでした。
現地に近付くとすでに日の出を見る人でごった返していてやっと口を開いたのは「すごい人だ」という父でした。私も妹も頭が真っ白でしたが、集まる人をみて現実に一気に戻されたようで「ほんとだ」とさっきのことを忘れようと無理やり明るい声を絞り出しました。
まるで夢でも見ていたかのような感覚で、日の出を目の前にはしゃぐ人たちの声にだんだん恐れも薄まって、それきり何も言わず3人は帰路につきました。
そんな話を知人にした時「海沿いは霊感ない人でも頻繁にそういうのみるらしいから」と言われ普段霊感のない3人がみてしまった、体験してしまったあの出来事が真実味を増してきて恐怖がよみがえってきたのでした。
あの「手」は震災に関係するものだったのか震災の時の被害者が呼び寄せたものだったのでしょうか。
こわがる前に、当時を偲んで合掌。
そやな